骨がバキバキ鳴る
17.骨がバキバキ鳴る
あれこれ考えていたら、頭が痺れたようになり、寒気がしてきた。独りにされるのが恐ろしく、急ぎ足で追い付いて、女のそばへひたと寄り添って従った。
それまでにもう何十ぺん訊いた同じ質問を、しかし辺りの魔物か何かへ聞こえないように、小声で用心しいしい囁いた:「あと どれくらいーーー?」
けれども、それまでとは女の様子が違ったのである。黙ったままでこっちへ振り向こうとせず、前へ歩き続けるだけなのだ。小声だったが、寄り添っているこっちの声が届かなかった筈はない。女の沈黙に異常を感じて、前を歩く高い背中へじっと目を当てた。そこに一種の妖気を感じた。怪しげな輪郭を黒々と空に描いている木々が、私を怯えさせた。
返事をする為に女がもし顔を振り向けたなら、それが最後になりそうな気がして震えた:女の顔は、真っ赤な口が耳まで裂けているに違いないーーー。恐怖に駆られて反射的に女から数歩身を離した瞬間、何を思ったか女が振り返らないまま、突然歩みを停止させた。ビクンとなり、こっちも同時に立ち止まったが全身が総毛立った。
けれども不思議な事に、薄暗い道の中で振り向いた女の顔にキバはなかった。さして怪しさが無く案外普通の顔である。しかし、それ位でこっちは騙されるものか。振り向く瞬間に魔術で自分の顔を普通な状態へ切替えたのは間違いない。魔女なら、それくらいはやる。
意外に、女は私を待ってくれた。何やらほっとし、それでも、薄気味悪く感じて用心しいしい近づいた。登山口から以来、女が見せた初めての親切のように感じた。口数の少ない女が珍しく口数を増やして、魔界にあえぐ私の難局を救った:
「もう少しよ。着いたら、ジュースを上げる」
ニコリともせず、堅いままの表情でそれを言ったのだが、私は産毛の先まで怖さに満ちていた緊張から、驚異的に生き返った: そうか、あの先の角を一つ曲れば、明るい処へ出て、茶店が目の前にあるのだなーーー。それならそうと、もっと早く言ってくれたら良かったのにーーー。
けれども、ジュースに釣られて角を曲がったが、湿っぽい細い長い道しかなかった。更に先に見えるあの次の角こそと、一縷の望みで曲がってみても、やっぱり茶店は影すら無い。
時間はどんどん経つように思え、距離は登山口から益々迷うように遠くなり続け、山は深く暗くなって行くばかりである。ウワバミや狼が出現するのは、もう時間の問題となり、不安は極限に達した。
そうなれば、女はいよいよ魔物の正体を現すに違いない。仮にそうでなくても、足が速いから、私より先に一目散に危険から逃亡する筈だ。置いてけぼりを食った自分は、狼に襲われ残虐に食われるばかりになる。骨が砕けてバキバキ鳴るに違いないーーー。
つづく




