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黒い林

16.黒い林


 今にして思えば山の七合目辺りだったろうか、私にすればようようの思いで登って来たが、そこで道が二手に分かれていた。「こっち!」と、女がぶっきら棒な声を投げた。魔術を掛けられたみたいに、私は逆らえなかった。


 それは本道から外れる脇道で、入り口を塞ぐように大きな木が繁り、陰気で気の滅入る感じがした。一人がやっと歩ける程の道幅しかなく、それまでの白く乾いた明るい道とは違い、陽が当らなくて地面が湿っぽく黒い。地獄への道であるのは間違いなかった。女が生贄いけにえを導き入れるのに相応しい場所へいよいよやって来たのだーーー。本能的に死を覚悟した。


 道は狭かったが、高低差が無く平坦だったから、それまで急な坂道を一気に登ってきた為の息の弾みから開放されて、体は楽になった。女に先導されてニ百米ほども奥へ進むと、緑の濃い木立が道の両側に増えて来た。午後からの陽は差し込まず、対面の山からの光が鈍く反射していたが、それも茂る木立にさえぎられて、道が薄暗い。


 斜面を横切るように取り付いた道で、左側は湿った急な上への斜面で、右は谷への斜面で笹に覆われていた。奥へ進むにつれて木々は背が高く一層うっそうとなり、濃い緑の葉がともすれば黒く見えた。ひたひたとかすかに響く二人の足音以外何の物音も聞こえず、辺りは耳が痛いようにしんとしていた。


 日曜日でもなければ、普段の日に山へ登る人は居ないようで、四十分程も歩き続けたが登山口から一度も人に出合わない。ここからは直接陽も見えず海も見えず、辺りは薄暗くただ深く静かである。地獄への細く黒い道を、二人は相い前後して黙りこくって歩いた。女が小枝を踏む足音にさえギクリとした。口を利くと、何か良くない物が目を覚まして、黒い林の中から出て来そうな気配がある。


 数メートル離れて女の後ろを歩きながら、子供心に状況が確かにヘンだと感じた。こんな処に茶店など有る筈がないのだーーー。もし有るとすれば、薄暗いから明かりを灯している筈だ。だからと言って、黄色い明かりを灯した寂しい一軒家が、昼の日中ひなかに道の前方にポツリと現れたなら、それこそ一層ヘンで、この世のものである筈はない。 


 矢張り女に騙されているーーー。早く茶店が現れるのを期待しながらも、怖さの為に永久に現れないのを願った。


つづく

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