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鬼さんこちら

14.鬼さんこちら


 こっちは息が弾んでいたが、「休もうよ!」と声を掛けて呼び戻すのはためらわれた。女は、既に十米ほども先を歩いている。「戻って来るように」と余分な労力と好意を要請するには、未だ友達になったばかりという遠慮があった。それに、こんな処で数刻でもぐずぐずしておれば一層立ち遅れると感じたし、愚図な子と見られるのが嫌だったからだ。こっちにもプライドがあった。にこりともせず、硬い表情でずんずん先を行く女の勢いに圧倒され、ウムをよう言わなかった。


 私も続いて休憩地を突っ切り、おっかなびっくり細い丸木橋を慎重に渡った。やがて手を掛けないとすべって登れない十米ほどの高さの岩山に行き当たった。女はスカートを翻して軽々と先に登った。真下に続く私の目に、スカートの中の白い太ももが眩しく映ったが、息切れと疲れで流石に男の「血が騒ぐ」どころではない。


 上へ上へと私にとって未開な道を、女は大股のコンパスで登り続けた。息切れする友達の為に一休みする、という発想を女の子は知らなかった。もっともこれは後で考えると、女を責めるべきでないかも知れない。

 こっちには山登りという大仕事だったが、女にすれば毎日飽き飽きするほど通い慣れた通学路でしかない。時には山道で軽やかにスキップさえ踏んだ事だろう。それに、「(山道だからこそ安全の為に)真っ直ぐに「足早に」帰って来い」と、親なら女の子へ教えていたろうから。


 歩みの遅い私とのあいだが大きく開き勝ちになった。曲がりくねった処では女が後ろを振り返ると、私の姿が地平線の彼方という状態を繰り返すようになった。女は対策を考えた:

 坂が急な処になると、後ろを振り返って体の正面をこっちへ向け、私の上にしっかり目を据えたまま、自分は後ろへ後ろへと後ずさりする姿勢で、登り始めたのである。まるで「鬼さん、こちら」と人をからかう遊びみたいだが、私にも彼女にも遊びではなかった。証拠に、私へ当てる女の目は少しも笑っていなかった。


 そんな後ろ向きに歩く芸当をしてさえ、女は私より速い。女は恰も後ろに眼があるみたいに、後方へ三回転ジャンプする事など恐らく朝飯前で、何処に跳び越すべき石の突起があり、地面の凹みがあるのか隅々まで山道を知っていた。後ろ向きに歩くのは、温かく見守るというよりも、途中で私が逃げ戻りはせぬかと監視している風に感じた。


 体力の無かった私は息が切れ、流れる汗が額から目にしみ、次第に過酷な労働になっていった。けれども、好きな女の子の手前プライドが邪魔をして、弱虫なくせに弱音は吐けない。内心では労働が限界に近づいている自覚があった。何処で、男のプライドを捨てて泣き出すか、気持ちが追い詰められた。もし泣けば軽蔑されるし、確実に女を失うーーーと、そう思った。山道で私に選択出来る範囲は制限されていたのである。


つづく

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