年上の女
13.年上の女
道は次第に急になり、幅が狭くなった。私を戸惑わせたのは、急坂に合わせるかのように、女の足がしゃんしゃん速くなったからだ。ともすれば私との距離が、開き気味になる。女は普段の通りに歩いていたに違いないが、背丈が高い分脚のコンパスも広い。他方で山道に不慣れで、道草癖に慣れたこっちは習慣的に足が遅い。こんな為に、余計に女の足が速いと感じた。
置いてけぼりを食う気がして、慌てて追いすがって行った。そうすると女は、何故か逃げるように益々足を速めるのである。石積の高い段差もきつい坂道も、まるで跳ぶように速い。週イチのカルシウム注射の援護でこっちも気張るのだが、直ぐに遅れてしまう。やたらに足を速める女と追いすがる私と、息せき切って山道を追いかけっこするような気がした。
学校の教室で普段物静かにしている温和しい印象の姿と、同じ女の子とは思えない。上背があって物怖じしない自信のある歩き振りを見ていると、「同い年」とか、「女の子」と呼ぶには相応しくなく、次第に「年上の女」に思われて来た。
女に続いて駆け上がるようにして、中腹にある休憩所まで来た。無論そこに元々茶店は無いし、誰も人は居なかった。ニ十平米ほどの平坦な広場になっているだけだが、眺めが良いから大抵のハイカーがここで一服し、眼下に広がる海を遠望する場所。ハイカーと現代流に書いたが、当時はそんな言葉はなく、登山者である。遠目に潮見台の私の家の一部分が、見えなくもない。殆どの人がここまで「登って」から下山するのだが、私が父親に連れられて登る最高地点も、ここが限度であった。
けれども、そこで一休みという誰もがやる常識を、女は無視した。歩調をいささかも緩めず、平坦な休憩地を足早に突っ切り、早くも直ぐ先の谷へ架かる幅三十センチほどの細い丸木橋へ、差し掛かっていた。
つづく




