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しゃべらない子供

7.しゃべらない子供


 死ぬほどの痛さの予想が外れる事無く、毎回確実に的中するというのは、子供心に恐ろしいものだ。それだけでも、他の子供達が天国のように幸せに見えた。医者と看護婦は、普段楽しみが少ないせいか、注射の度にあたかも生死の境にあるように痛がる私を眺めて、密に愉しんでいる風だったから、大人は残酷なものだ。


 実はもっと危険な問題が別にあった。自分の腕ではないから、無責任な医者は先週どっちの腕に注射したのか、完全に忘却するのだ。医者のいい加減さに、こっちは震え上がった。忘れる位なら、どうしてちゃんと帳面に書きとめて置かないのだ! 医者のルーズさが私を悩ませた。話を飛躍的に複雑にさせるからだ。


 こんな時、今週はこっちだと黙ったまま正しい方の腕を突き出して、私が教えてやるのだが、言うなれば、素人が医者に物を教えなければならない。何と言っても子供の事だから、うっかりして教え間違いというのは起こり得る。万が一私がそんな教え間違いをしたら最後ーーー、顔色が変わるほど恐ろしい事態になる: 

 硬くなった皮膚にグサッと来た注射針が、ポッキンと折れる筈だ。体内に入った鋭い針は、腕から首を抜けて至近距離にある脳に達するのは明白で、この道筋は小ニにも判る。そうなれば、数時間足らずで息をひきとるのは確実。


 折れた針先が血管に侵入してから死ぬまでに実際どれくらい時間が掛かるかーーー? この時間は正に地獄の拷問であろう。脳が針にやられて七転八倒して苦しむ自分と、それを眺めて楽しむ医者と看護婦の姿を想像すると、恐ろしさで体が凍り付いてしまう。舌が引き吊り、何も物が言えなくなって当たり前。そんなこっちの様子を眺めて、「この子はよく泣きはするが、生まれ付き一言もしゃべらない性質たちだ」と、厚ぼったい肉体の看護婦は勝手に誤解した。


 子供は大人とは違って、人生を始めたばかりの人間だ。肝は未だ座っておらず、体験の多くが「未知との遭遇」で、「生まれて初めて」。大人なら、それほど大袈裟に思わなくてもと考え勝ちだが、子供がソレを生死に拘わる大事と考えるのは、自然な事なのだ。


 どの大人も子供時代にそんな心理を体験しているのに、デリケートな「幼い心」を大概忘れてしまっている。私には医者が、地獄の閻魔大王の親戚に見えたし、万一の危険に備えて救出してくれる筈の看護婦は医者とグルだから、何の助けにもならなかったのだ。絶望とはこんな場合を言う。


つづく


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