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最低限のお金

 決して多忙という程ではないが、開発仕事に関係して時々来訪者もあって、大体休みなしにやっている。そんな日々の中でも退屈な時間というのは時々あるもの。そんな時に限って思うのは、これが結局若い頃から自分が憧れていた幸せな生活というものではあるまいか、という気持ちになる。


 同じ音楽を聴いていても、若い時には生活を走りながら、或いは小耳に挟みながら音楽を楽しんでいた気がする。それはそれで楽しかったけれども、今は「この和音」がどうして心にこんなに沁みるのだろうかと不審に感じて、このA和音の次にB音が来るべきだと作曲家はどうして分かったのだろうか、ひょっとしたらB音をここに配置するのは(作曲ではなくて)「音の発見」だったのではなかったかと考えたりする。理由を探りたくなって哲学者になってしまう。


 これはナットの頭を撫ぜて何故だろうと温かみを感じるのと同じ感覚かも知れない。歳が入って心に余裕が出来た気がする。筆者の毎日は人から見れば生涯仕事漬けで無味乾燥に見えるかもしれないが、また一方で配偶者の体調が常にすぐれないという気がかりがあるもののーーー、どこかで老人である事を楽しんでいる。


 データが示すように幸福度が高いと言われるのは、無論そこそこの健康が維持されているという条件と最低限のお金は必要だが、筆者に限らず一般に年寄りは「老人である事」を楽しんでいると言えるかもしれない。


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