ラードみたいな感じ
女友達の「43バツイチ子持ちコンブ」(=冒頭の50女とは別口の女)も良くしゃべる。付き合い初めの頃は貝みたいに殆どしゃべらなかったのに、こっちが油断している間に今では、ナイアガラ瀑布みたいに言語がとうとうと流れ落ちて来る感じだ。口癖は「自分以外の(職場の)人たちは上司を含めてみな、とんでもない大馬鹿だ!」である。私も全く同じ意見で心からそう信じているから、反論したことは未だ一度も無い。
但し、先だっては彼女に対して私が一方的に三十分程会話をする機会があった。私がしゃべるなんてめったに無い事だから、話している間中「この男には、発声装置はあるらしいーーー」という不審な目で、じっと観察するように女から見詰められたものだ。
私の話の内容は無論情愛に満ち満ちていたから、愛そのものだった:なに、自分が開発した発明品のサンプルを見せて「全重量が15グラムで、材質が特殊鋼のSCM435で出来ている事・これを熱処理する場合の加熱温度950℃の加減の難しさ・製品の取り扱い方法(いわゆる、取説)」を念入りに説明したのだった。サービスの積りで時々数式も混ぜて語ったし、サンプルの長さが、私のミスで予定より1.8mm短かったのも恥ずかし気に白状した。
そんな風に何時にない親密な会話だったから、この時ばかりはNHK番組の狙い通り著しい効果があって、この女が興味津々、胸キュンと鳴らせてこっちの会話に耳を傾けたのは間違いない。その証拠にサンプルを手に取った女は生あくびさえかみ殺して、じっと首を傾けて言い放った:「少し、油が手に付くわ。ラードみたいな感じ」。
油脂の成分に対する化学的な洞察力は流石で、彼女が慎重に製品の品質を鑑定したのは間違いない。鋭い目つきから、こっちには一目でそれが分かった。
なにせ相手が異性だから、こっちは出来るだけ手短かに会話を切り上げようとはしたが、つい顔が赤くなってしまった。赤さの条件反射で直ぐに罪悪感を感じるから、しゃべった後でしきりに後悔したものだ。
とは言え、発明などやらない外の男は熱処理の話題の持ち合わせすら無いから、私みたいにユーモアとウイットに富んだ会話を女へ出来る筈はないのだ。私が持てる理由がここにある。
なお、今回の男女の会話の間中、彼女も私も議論や反論は一切しなかったのを、ここに証言しておきたい。




