悪は滅びる
さて、喫茶店を売却して後私はしっぽを巻いて、失業者の看板を抱えて失意の内に生まれ故郷の神戸へ舞い戻った。土佐弁は一年以内にすっかり忘れて、やがて神戸で工具販売の仕事を見つけ、セールスマンに変身した。銃砲や喫茶店には無関係で月とスッポンの畑違いだったが、何の資格も要らず息さえしておれば出来る仕事だったからだ。
が、あにはからんや、人生すべて当たりくじと言う通り晴天の幸運に恵まれ、私は大いに売り上げて成績を伸ばした。腕と脚をポキポキ鳴らして一時販売の神様と言わるまでになり、有頂天でこのチャンスを生かして神様の振りをした事さえある。
実はソレが良くなかったようだ。ある夜、親しくしていた神様の声を聴いた気がした。空耳というやつ。自信過剰で欲の深い私は、図に乗って当の会社を乗っ取ろうと計画したのである。後で考えれば、失業者を救ってくれた恩を仇で返そうという一種わくわくする企て(くわだて)だったが、再度あにはからんやとなった。計画が露見し、即刻叩き出されるはめになったからだ。
すったもんだの大もめした末、最後にせせら笑った上司の言葉が今も忘れられない:「ウフフ、悪は滅びるーーー」
自業自得とはいえ、再度職を失ったのは少なからずショックで、これ以後神の言葉に耳を傾けるのをやめた。それでも悪いばかりではなく、このショックが人生の最終章を書き換える引き金になる。首になった腹いせに、先の会社のライバル社(=ドイツにあった)へ手紙を書いたのである。手の込んだ長文で、切々と訴えた。なに、「あなたが好きよ!」と持ち掛けたのである。
地球の裏側にある相手が手紙を読み終わるや否や、正式なアポは無かったが無理やり説き伏せてドイツまで押しかけた。船で渡った訳ではないのに、17時間も掛かったのを覚えている。
前例のない現象だったからドイツ人達は非常に驚いて、日本から産業スパイがやって来たと勘違した。当時のスパイたちは皆痩せていたから同じようにと思われたのである。
女は抱いてみよ・思いついたらやってみよと言う通り、重役4人を相手に応接室で一日掛けて手振り身振りで誤解を解き、最後に「一緒に儲けようぜ」と提案したら相手も乗り気になった。ドイツ人はたぶらかしやすい。損得の話は万国共通だし、こっちは発明も含めてアイデアが豊かだ。こっちがそそのかしたが、相手も斬新なアイデアを欲しがっていた。
気の変わらぬ内にと大いにせかせて、ついに、殆ど無一文だった私個人との間で合弁会社を設立させた。平和条約締結後四日目に帰国したら、身の回りの多くの人が「あの男はドイツで手品をやってきた、やっぱり神様だ」と言ったから、配偶者も半信半疑で気を揉んだ。これが今の会社で、念願の社長になった。
しかしこの部分の経緯の続きは既に「亀が空を飛ぶ方法」(販売方程式の解法)で詳しく述べたから、これ以上の詳細は割愛したい。




