◎第十四話: 「とんかつ屋」の話
第十四話:「とんかつ屋」の話
週に1~2回の頻度で、夕食後に散歩を兼ねて、駅前まで、とんかつを買いに行く。とんかつ専門のW店の「特ヘレカツ」一枚615円。今夜も実行しました。
一枚を三つに切り分けて、一つをパンに挟んで紅茶と一緒に食べるのが、私の朝食の定番メニュー。一枚で三日分ある訳で、無くなりますと、買い足しに出掛けます。こちらに越して来て、ほぼ半年この習慣を続けていますから、窓口の若い売子とは顔馴染み。
615円の代金を払う時、財布からコインを取り出すのに、手が震えて手間取ります。何せ、六十七の加齢ですから仕方ありません。こっちは決してそんな積りは無いのですが、様子が如何にも「惜しそうに」金を出すように、見えるらしいのです。
立派な服と靴はちゃんと家にあるのですが、夕食後の薄暗くなりつつある時分ですから、知った人に逢う事もなし、ありあわせの普段着とよれついた靴で充分。これが他人の目から見ると、「草臥れて劣化しているーーー」となります。
とんかつ屋でバイトしながら、専門学校に通う彼女は苦労人。よれ付いた服装とコインの出し方の二つで、深く感じ入ります。貧しく困難を抱えた人の気持ちが、こっちの了解無しに勝手に判るらしい。
やっと615円を手渡しますと、彼女は小声で私へ素早く耳打ちを寄越します:
「『ご愛顧カード』に、余分に判をついて上げたからね。キャベツとドレッシンングも一つづつオマケしてあげるわ。シッ!マスターには、内緒よ。けつまづかないように、早く行きなさい。私の居る時間に、又、おいで」
そんな風に、破格な厚遇を受けておりますから、これを読んでも、読者は他へ内分に願いたいものです。ただ、経済的損失で、とんかつ屋が潰れなければ好いがーーーと心配しております。無論、エチケットとして、私はお礼を述べなければなりせん。そっと囁きました:
「君を、好きだよ」
「私もよ」
今後、二人の間に、波乱に満ちた恋にも似た何か事件でも起こらねば良いがと、心配するのですがーーー、いや、老人の身ですから何も起こる筈はありますまい。
けれども、何か起こってくれないかと、毎回ドキドキするのです。
完
比呂よし




