鬼か蛇か!
2. 鬼か蛇か!
読者は、マッサージを練習した事があるだろうか? 本気でやろうと思えば「指圧・あんま・鍼灸」は国家資格で、数年間昼間の学校に通って国家試験にパスしなければならない。当初はそれに挑戦する筈であったが、仕事を抱えた身で、止む無く街中の専門学校の土曜半日・半年間コースでお茶を濁す事にしたのだ。
しかし、私がマッサージの勉強をしているのは、他言無用に願いたい。社員が知ったら、「社長が内職を始めたから、いよいよウチの会社も危ういーーー」と浮き足立つ心配があるからだ。そう、私は会社経営者である。
社員から「鬼か蛇か!」とか、「(温い血の流れない)計算機!」と陰口を叩かれている。世にも恐ろしげな社長ではあるが、毎日会社から帰宅して玄関の引き戸をガラリ(=効果音も含めて、建物は和風なのね)と開けるや、大抵六時半頃であるが、瞬時に鬼が天使へ変身する:
「好美ちゃーん、今帰ったよ!」
トーンの高い声の調子から、これが賛美の声を放っていると、隣近所にも判る筈だ。種類を問わず私は女が好きで、配偶者も「好き」の部類に入る。好みのうるさいそこら辺の夫連中とは、品質も訳も違う。
さて、簡単な下ごしらえは配偶者が既にやってくれているが、手間のかかる夕食の支度は私の担当。ホウレンソウのゆで方など堂に入ったもので、熱湯にさっとくぐらせて、クチャッとさせないゴマ和えは、歯ごたえ充分で天下の一品。とは言え、元は師匠たる女に教えて貰った:ゆで方はこう、ゴマの混ぜ方はああ、ちょっとでも違ったら女は食べないのだ。
私の功績は、無論それだけに留まらない。和やかな雰囲気の夕餉を済ませ、肩の凝りやすい配偶者にマッサージをしてやる。メインは背中だが、所望されれば背中に限定せず、おっぱいにも太ももにも何処にでもする。場所を選ばないのが「弘法筆を選ばず」の通り、本当のプロ。
街の専門学校で練習してまで、マッサージに励もうという悩ましくも涙ぐましい夫婦愛の秘密は、またその内に別の機会を得て詳しく語る事にしよう。