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断った送別会

11.断った送別会


 憎まれたり・敬愛されたり・Y製品の女と言われたり、一部の男をゾクリとさせたり、そんな事がありながら女は働いた。何時しか定年の60歳(今は65)となり、会社を退職する時が来た。辞めずに居続けてくれるように筆者は説得した。

 が、「もう二人の娘も一人前になりましたしーーー、それに疲れましたから」の言葉を残して、女はあっさり会社を去った。送別会も断った。後日ファックスで短い手書きの書信を、筆者へ送って寄越した:

   *

社長殿

長くお世話になりました。

これからも仕事は何かしらする積りにしていますが、六十を迎えて、ひとまず終止符を打ちたいのです。正直、壮絶な日々でした。けれども、その間自分の持てる全てをお客様へ尽くしたと感じていますので、悔いはありません。

「ひたすらに 駆け巡る嵐 その行く末は塵と消ゆるとも」

貴社の発展を祈ります。有難う御座いました。

    *

 「壮絶な日々」だったのは、文字通りでこの女に限ってウソではない。恐らくはウチの会社で働いた事で、彼女が自分の人生の最終章を書き換えるようなダイナミックな体験をしたのも確かだったろう。平穏よりも、それこそが彼女の一所懸命に生きるという意味だったと思う。

 それにしても、先の礼状の文面には、陰で支え続けた鬼へ格別なお言葉は無い。そこがまた、如何にもキツネ目の女らしいと思った: 


 これは恐らく当たっていると思うのだが、密かに気を掛けていた筆者の支援など、実は筆者一人の勝手な独りよがりであったろう。逞しい女だったから、元々そんなものを必要とはしておらず、従って評価もしなかったに違いない。セックスに持ちこもうと頑張ったM重工の班長にしても、マタグラで商売するのかと怒鳴る夫も、ヘロヘロの手裏剣を投げつけた上司をも初めっから見限っており、男なんてロクでもないと考えていたのかもしれない。


 手書きの文章を眺めて、あの女は案外字が上手だったんだなーーー、と改めて思った。タヌキはやっぱり嫌いだが、以来筆者は透明な目をしたキツネを好きになった。近下良子( ちかしたよしこ)といった。



2022.3.9改訂版


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