第一人者
10.第一人者
一つくらいは女を褒めておこう: ウチの主力商品の一つに「油圧式Y製品」というのがある(=以下Y製品と称す)。売るのが案外難しい商品なので、営業マン達は販売に苦労していた。が、蓼食う虫も好き好きというか、非常に顕著な特徴としてキツネ目の女は、このY製品を事の外好んだ。
「愛している」と言い切って、自分の机の上にサンプルを置いて透明な目でつくづく眺めた。「この商品は、私と相性がいいのよ!」とつぶやき、えも言われぬ顔をした。こう証言する社員さえいた:
「暗がりでこっそり、女がY製品へパンツを履かせてやり、キスしているのを見たぞ」
好きこそ物の上手なれの通り、女はこの商品の販売数で何時も社内ダントツで、他の営業員らを足元にも寄せ付けない。ついには、「Y製品の女」という名誉ある称号を与えられた。
因みに何の分野であれ、誰でもが成功者になれる訳ではないしトップになれる訳でもない。けれどもトップになる人には共通したルールがある:どんな分野であれ、どの場所であれ「(任された仕事で)第一人者である事。言葉を換えれば、どんな細かな点でも、訊かれれば何でも知っている状態だ。中途半端では第一人者になれないし、従ってトップにはなれないもので、これが成功の秘訣である。
女の場合:特定のY製品を必要以上に好きになり、だから関心が集中し、研究するから知識が一層深まる。当然ユーザーへの説明に熱が入るから販売数が増え、これがますます女の知識と経験に磨きを掛けて、信念を強化した:こんな素晴らしい製品は外にない、よい品だからを人に紹介しようとなった。
優れた営業マンでも、こんな境地に達する人は少ないもので、こうして社内で、いや業界でこの種の製品の「第一人者」になったのである。ここに女の成功があった。
専門外の人への説明は難しいが、例えば:トヨタ車のクラウンは高級車である。スピードが出るし、乗り心地もいい、価格は高いが一度は乗ってみたいと人は思う。が、キツネ目の女は(クラウンについて)こう考えたのだ:総重量は1トンある。そして車輪があるから自在に何処へでも動くじゃないか、ならばーーー、動く便利な漬物石としてクラウンが漬物屋に売れるんではないかと。彼女の発想に垣根は無かった。
実際にY製品(ネジを締め付けるもの)を、物を持ち上げる用途として防衛省の三音速実験用風洞を水平に調整する目的の為に、女は大量に売ったのである。この時ばかりは流石に、発想の斬新性に筆者もアッとうなった。なるほど、Y製品はそんな風にも使えるんだなーーー。こうして、女は新しい用途向けに次々と売った。
女が達成したY製品の年間数千万円の販売記録は、女が定年退職して十年以上が過ぎた今になっても破られず、話がもう伝説化している。二番手の人のY製品の売上げ額が最高で年間三百万円程度に過ぎなかったから、女のダントツ振りは桁が違ったのである。




