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またか!

8.またか!

 トップセールスになっても鼻にかけるでもなく、女はどこ吹く風みたいな顔をしていた。何も変化は無く、他人の事などお構いなしで同僚や私を含めた上司へ、それまでと同じように女は気配りなど一切しなかった。


 が、一旦「自分の顧客の事」となるや、別人みたいに様変わりした。母親の我が子に対するに似た愛情の篭もった一面を見せ、キメの細かな気配りとサービスを提供したのである。人は知らず、社内と社外とで女は自分を百八十度見事に

切り替えていたのである。


 仕事上で女と親しかった大手企業のある顧客が、神戸から遠方の千葉県へ転勤になった。その顧客は千葉から、わざわざ女を名指して神戸まで仕事を依頼して来たのである。ウチは関東地区にも営業拠点がある。

 電話を受けた神戸の係員が「お客様に地理的に便利でしょうからーーー」と言って、関東の営業所を紹介しようとしたら、相手は強硬に譲らない:「あのキツネ女を出せ! 外の人ではダメなんだ」


 緊急の頼み事だったから、彼女なら(上役と喧嘩してでも)「骨身を惜しまず」やってくれるのを、顧客は誰よりもよく知っていたのだ。私は後でこの話を聞いて、顧客に対する女の真心を見る思いがした。恐らく女は、この顧客から親切にして貰っていたのだろう。そんな人の頼み事なら、何を置いても無類のまめまめしさで、彼女なら優先的にやるに違いなかった。

 まあ、話がここまでならいい。


 女の凄さはここからである:

 キツネ女の場合、顧客の為というのが徹底していて、時々手段を選ばない怖さがあった。果ては顧客の困っている問題解決に、ウチのライバルメーカーの製品でも何でも持って行って、「お客さん、こっちの方がもっと便利よ、使いなさい」と紹介したりするのだ。

 トヨタの営業マンが、ホンダの車を買いなさいと勧めるようなもの。「まさか!」と思うだろうが、この女に限っては「またか!」なのである。そりゃあ確かに、顧客にすれば毎回ベストなものを提案してくれるのだから、重宝以上に感謝するのは当たり前だ。


 無差別テロみたいな女のやり方に、上司は何のタタリかとため息をついて、当然女を力一杯なじる:

「あろうことか、販売競争でしのぎを削っているライバル製品を勧めるなんてーーー、お前は一体何処から給料を貰っているのか、判っているのか!? この裏切り女め!」


 女は自分の顧客が百倍も大事と考えているから、再び「鬼か蛇か!」と筆者に食って掛かる。またもや殺気立った雰囲気で、命中しない手裏剣が飛び交うハメとなり、周りの社員らは肝を凍らせる。

 社内のNo.1になっても、付き合うのは実に気骨が折れた。

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