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社内の七不思議

4.社内の七不思議


 そんな風に時々筆者を激怒させながら、キツネ目の女が首にならないのは、社内の七不思議の一つとされた。けれども社員らの期待に反して、筆者は解雇を一度も考えた事が無かった。確かに、酷く向かっ腹は立つ。が、女の度胸にヘンに感心したからだ。筆者の配偶者一人を除いて、そこまで「刃向かう」人間は、かって社内に居なかった。怒りを通り越して呆れたのである。


 会社は団体生活の場である。ズケズケものを云ったり、こっちの神経を逆撫でしてまで、自分の要求を押し通そうとする女は、我儘そのものだった。だからこそ、周りに毛嫌いされる。けれども「鬼か蛇か!」と、こっちを睨みつける憎悪にも似た女の怒りの目の中に、ひたむきなものを感じたのは筆者だけだったろうか。


 熱意というランクを超えて、真剣勝負を挑むみたいな敵意があった:「爪が剥がれても、岩を掴んで崖をよじ登ろうとする」必死さを感じた。食わせるべき腹を空かせた複数の子供を抱える母ライオンが、敵を前にして歯をむき出す姿があった。ひどく腹を立てながらも、筆者にはソレがよく見えた。


 過去に似た経験をしていた。長い失業の末に、生まれて初めて不慣れな営業の世界に飛び込んだ当時の筆者の姿が、そこに重なった: 元来エンジニアであったから机と製図板が友達で、口が重いタイプ。口が商売の営業マンは異次元の世界であった。ただ給料欲しさの為に、営業マンへ身を投じたのだった。


 どの会社でも、経営者と社員の間には基本的な考えの違いがあるが、特に私のように創業者である場合にそれが顕著だ。

「儲かるか・儲からないか」大概の経営者は徹底した現実主義者で、「会社へ利益をもたらすかどうか」の二者択一で社員を眺める。平たく言えば社員は道具だ。その社員が他人に好かれようが嫌われようが、人格は二の次。とは言っても流石に人の上に立つ者として、露骨にそれと人に見せないだけで、他人の思惑など気にしない処は、どの経営者も先の女と共通したものがある。


 「鬼か蛇か」と面罵され、社内に問題を引き起こし続ける我儘な女に耐えるストレスの問題は、会社が「儲かるか・儲からないか」の基準で言えば、取るに足らない低い次元。

 不愉快だし、道徳を基準に考える社員達の目には解雇されるべきと女と映ったかも知れないが、筆者が女の解雇を一度も考えなかったのは、決して並外れた人格者だったからではなく、判断をする基準が根底から違ったからだ: このキツネ女は、何時か会社に利益をもたらすーーーの確信があった。それ以上に、社員に一体何を求めるべきか。

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