ストーカ-
4. ストーカ-
「兜の展示場所から後、あの女は貴方の後へ始終べったりくっついて歩いていたのよ! 貴方って鈍感なのね、気が付かなかったの!? 三階の掛け軸の前での説明の時なんか、顔が貴方の背中にくっつくばかりだったじゃないの! まるで恋人同士みたいによ。ストーカー行為じゃないの、あれは。許せない!」
「エッ!?ーーー」と、運命が暗転するようなショックを受けた。
そう言われて一つ一つ、展示物での場面を思い返して見ると、確かに城内で私はいつも窮屈であった。身の周りがえらく「混み合って」いるなと、感じていたのを思い出したのである。そんな「混み具合」がヘンだなんて、思いもしなかった。けれども、確かにヘンだったようだーーー。
学芸員についていた八名の外に、他の観光客達も辺りに居たけれども、城内が満員電車みたいに押し合いへし合いする混雑振りで無かった、のは確かである。そうだのに、私はどの展示品の前でも、始終誰かに体を押されていたのだ。説明書きを読むのに一所懸命だったから、誰が押しているのか、私は周りに無頓着だった。ただ、展示品を眺めながら「えらく押されているなーーー」とは、感じていたのを思い出した。
けれどもどうやら、押されるが為に、勝手に私一人が「混雑している」と勘違いを起こしていただけらしい。その証拠に、配偶者は私を一度も押さなかったし、また展示物の説明書きが、ベストセラーを読むように超面白い訳でもなく、読むのに気が急いて順番待ちで押し合いへし合いしなければならない状態でもなかった。私に「勘違いを起こさせた」犯人は先の女で、傍に寄り添い手や肩で私の体を押し付けて居たからのようである。
更に思い返して見ると、女が私の体を押していたのは、他の数名の人が展示品の傍に必ず立ち止まっていた時に限られていた。決して二人きりの時ではない。押しても不自然に見えないように、如何にも「混み合っていますよねえーーー」という風に、女は私の体に触ったり押したりしていたのだ。巧妙で、実に大胆不敵。
それにしても、仕掛けられた本人が全く気付かなかったのに、女のストーカー行為をしっかり見破っていたのが配偶者だったのは、流石である。私達は肉体関係(← ああ、何て昔懐かしい言葉だろ!こんなみやびた日本語が、かっては二人の間に存在したんだ!)なんて既に卒業し、蒸留水のように清らかな関係である。何処を舐めても、決して中毒を起さない自信がある。
にも拘わらずーーー幾つの歳になっても、女の直感力は怖いばかりに鋭い。到底男の及ぶ処ではないから、この恐ろしさを思うと、男は幾つの歳になっても浮気は絶対にしてはならないのだ! 結婚してこのかた、配偶者への恐ろしさは募るばかりで、ますます浮気をしたくなくなった。




