女狐め!
3.女狐め!
間違えて他人へ話し掛けたからといって、ホテルへ行こうと誘った訳で無し、その女性に何か迷惑を掛けた訳ではない。だから、彼女に対してちょっと目で軽く会釈をしただけで、私は勘違いを謝る事無く、そのまま他の人達と一緒になって既に次の展示品へ移動しつつあった学芸員の後を、追い掛けた。三分後には、そんな自分の「うっかりミス」など、綺麗さっぱり忘れてしまった。
その後も、別の展示品の前で学芸員から種々説明を受けながら全員がとうとう一緒に最上階まで登り、そこで八名の一団は解散となった。学芸員へ礼を述べ、私達夫婦は階下へ降りて城外へ出て、新しい空気を吸った。
お天気は良く、辺りは桜が満開でお花見弁当を広げている人達も多い。花の下をそぞろ歩きしながら、発情期でも無ければ日本の春は誠に平和だと思い、油断していた。
不穏な空気が巻き起こったのは、この時:連れ立って歩いている配偶者が藪から棒に、ひどい剣幕で怒り出した:
「許し難い!」
「ん?」と、私。
「何よ、あの人! ほら、貴方が私と間違えて話しかけたあの女よ」
指摘されて、ああそんな女が居たっけなーーーと、こっちは辛うじて思い出した。どうやら、城内の兜の展示の前で、私が配偶者と間違えて話しかけた「五十過ぎの女」の事を言っている。
「あの色キチガイの、女狐め!」と、罵倒した。
「ーーー??」
矛先が私ではなかったのが判って何やら安堵したが、非難振りが尋常でないから怪訝に思った。彼女の怒りの理由は、こっちの思いも拠らぬものであった:




