根底から揺らぐ
「人生とは、今日一日の事である。明日は分からない」と深刻に考えながら、エアロバイクを漕いでいたら、「今日一日はバレンタイン・デーなのよ」と話しかけてきた。男と女の哲学の違いである。こっちは関心が無かったが、止む無く女へ調子を合わせた:
「うんにゃーーー、今日は誰も僕にチョコレートを呉れなかったよ。もてもて男だった筈だのに、死ぬほどがっかりさ。死のうかしらーーー」
「ふ~ん。でも、奥さんは呉れないの?」
「うん、ウチでは呉れない事になってるんだ。なにせ仏教だからな。こっちが「頂戴!」と手を出したら、「南無阿弥陀仏」と返されるよ」
「キャハハ! へえ、でも可哀想ねえーーー」
「じゃ、君は誰かにプレゼントを上げるのかい?」
「私の好きなお父さんに、これから家に帰ったら何を上げようかしらーーー。迷ってるのよ」
これを聞いて、人はまさかと思うだろうが、私はまたかと思ってゲンナリした。いい加減に、そっち方面には終止符を打ってよーーー。
「ーーーー」と、返す言葉に窮した。
「ハグしたげようかしら、どう思う? 肩を叩いたげるのも良いかもね?」
致命的な一撃に見舞われて、こっちはバイクの上からよろけそうになった。
「名案だーーー。まあーーー、それが一番よかろうてーーー」
女のお父さんが羨ましい。こっちは、今夜は悪夢にうなされながら寝る事になりそうだ。
この女は、どうしてこんな詰まらない話を僕に持ちかけるんだろうーーー。オレは持てる、という信念が根底から揺らいだ。
チョコレートや南無阿弥陀仏の代わりに、こっちもハグされたいーーー。
完
2020.2.20




