残酷な話
3.残酷な話
ウルメの品質を判断するには高度な知識と経験が要り、本当を言えば学歴さえ問われる。値段を含めて正しい評価の出来る教養人が、この辺りに一体何人棲息しているであろうか? 近所の心当たりを思い出そうと指を折りながら、疑問は深まるばかり。この時ハタ!とひらめいた:
「ひょっとしたらこの地区で、「通」とは私一人なのではあるまいかーーー。人格と言いウルメに対する教養と言い、ふさわしい人物となると私以外には考えられない!」 ウルメを買っていたのは、私一人だったーーーと確信した。これに気付いて私は深い孤独を感じた。
私が四週間前に初めて売れ残りを一袋買ったのは、実は売れ残りではなく、それが仕入れの全量であって、同時に全量が売れ残っていたのではなかったか? 思考を押し進めた。もしそうであれば、それ以後私が買っていたのも、毎回仕入れの全量だった事になる。
となるとーーー、もし私が本日買うのを中止でもすれば、仕入れの全量が「初めて」売れ残りとなってしまうではないか! しかも今日は、過去最大数の9本である。売上業績をとかく云々するデパートは、ウルメの大量売れ残りで大損を蒙り、これが為に仕入れ係りは失望するだろう。事の重大さに私は初めて気が付いた。そんな事態になれば、「やっぱり売れない」と判断して、「仕入れ係」は高知産ウルメの扱いを、止めてしまうに違いない。
対してこっちは「人生とは今日一日の事である」と、そんな世知辛い哲学で生きている。女の次にウルメを大好きな男で、無限に寿命が有るわけでは無いから、二者択一で女を諦めウルメを食べながら老成しようと考えていた矢先だ。ここでうまく立ち回らないと、ウルメを今後一切口に出来なくなり、生涯の大損になると損得計算をした。
それに、人生の先輩として、私よりも歳若い筈のデパートの「仕入れ係」の立場も、考えてやらねばならない。売り場の売上げを上げる工夫など、彼には人に知れぬ苦労もあろう。もし婚約でもしておれば、売上減でダメな男と思われて、破談に繋がる恐れが無しとは言えまい。万が一もしも、彼女がこのデパートの副社長の娘だとしたらーーー、どうしよう。結果は余りに残酷ではないか、ああ!
それやこれや考え合せると、たった三袋のウルメを前に途方に暮れている場合ではない。思い切った決断を下した: 三袋全部を買い占めたのである。デパートは今週も又、完売を達成!
私の読みの通り、これは「仕入れ係」を激励する結果となった。が、世の中の大抵の事象は、「過ぎたるは及ばざるが如し」のように起きるもの。仕入れ係は私の予想を超えて感激し、恐ろしい勘違いを起こしたらしいのだ: 「この辺りには通と買い手が多いのに、ウルメの仕入れ量が今まではまるで少な過ぎたわいーーー。これは大いに売れるぞ!」
次の週には5袋が売り場に売れ残った。私は全量を買占めた。又もや、デパートは完売。仕入れ係は「ますます」確信を深めた。確信は週毎に着々と膨らんで行き、 その次の週は10袋(=30本)が並んだ。8000円近い。が、なに、私の財力からすれば何事でもない。また、買い占めた。 その次の週は、15袋となり45本。こうなれば、もう戦争である。
私が、ゆくゆく高知県に産する干物全体を買い占めるのは、もはや時間の問題となった。なに、予算が足りなければ家を売ればよいのだーーー。




