お前、アホか?
④
再度失業して私が取った行動は、失業者らしくなかった。金が無いくせに就職すべき別の会社を探す事ではなく、見知らぬドイツの会社へ手紙を書いた。
数回書いても返事が来なかった。当たり前で、藪から棒にある日見知らぬイチ個人から手紙を受け取ったからと言って、普通の会社(社員300人位)が、返事など寄越す訳がない。業を煮やした私は「明後日そっちへ行くから」と電報を打って、「無理やり」押しかけた。航空券代に、なけなしの金をはたき、数回の乗り継ぎを含めて日本から17時間も掛かった。
着いた処は草深いど田舎。無理に押しかけた会社で重役数人を向こうに回して、「一緒に日本で合弁会社をやろうぜ!」と持ち掛けたら、ど田舎人は、面食らって目をパチクリさせた。
ついでの土産話に、先の会社の乗っ取りに失敗したと正直に告白したら、ど田舎人は「腹を抱えて五分間は笑った」。「お前、アホか?」と言われても不思議はなかったが、ドイツ人は紳士だからそこまでは言わなかった。
私は「離れ業」に賭けたのだった。一般的に日本の失業者達はおとなしいから誰もそんな事は考えないし、やりもしない。今考えても、確かに空恐ろしいリスクだった、と思う。勝率1%の賭けみたいなもので、貧乏人の失業者がやるべきチャレンジではない。不思議だが、私はほとんど不安を感じなかった。
「結果は成功した」(させた、と私は言いたいのだが)から今の私が存在する。だからと言って、自分が(人より並はずれて)「勇気と先見の明」があったからだとは、決して思わない。これは人の錯覚なのだ。
ど田舎人が勝手にこう解釈したからだ:「普通の人間なら、そんな無謀は決してやらない。(それを敢えてやる)こいつはーーー、桁外れな大物!に違いない」と。他人がこっちに有利なように錯覚した場合、私は敢えて訂正しないタチだ。事実は小説より奇なりと言うが、「向こう見ず」以外の何物でもなかった。




