◎第九話: 「ドウって事もある」話
第九話:「ドウって事もある」話
昨夜六十になる配偶者と話をしていて、「もう、男には何の興味も関心もないわ」とのたもうた。
これは、「アンタにはもう用が無い」と言われたようなもの。女もこの歳になれば枯れ果てて、そうなるのかと思って聞き流していたら、続けて:
「犬でも猫でもするし、セックスも大してドウって事も無かったしねえーーー」と語尾を濁しながら、過去形に遡ってこっちへ同意を求めた。セックスというみやびな言葉も、そこまで手強く使われると、筆者の「愛のテク」が犬・猫なみのレベルの貧弱さだったと非難されたようなものだ。オスとしての資質を問わぬばかりの言い方。
筆者の場合、いや、多分一般的な男の場合と申しましょうか、六十七に成ってもいまだに異性に対して「ドウって事は、充分ある訳でしてーーー」 。だからこそ、スポーツクラブ・アクトスのプールでメスのイルカの乱舞に感動する。また水から上がっても、陸上競技の間でラテンリズムのエアロビダンスで、バイラバイラを踊るスラリと背の高いメスのシマウマも気になる。
筆者の配偶者を含めて、大概の女は男を測るのに女の物差しを使うから、男の実態からかけ離れた測り間違いをやり勝ちだ。「XXXも大してドウって事も無かったしねえーーー」と言う女の間違いを露骨に指摘して、「いやいや、ドウって事も大いにある。イルカもシマウマも大好きだ」なんて言って反論しようものなら、こっちの腹を探られる恐れがある。
仕方なく、配偶者の言葉に対して「うむーーー」と無難に流した。賛成・不賛成を明確にしない処が、外交的であり大人の態度である。
それでも、配偶者が男女の仲を「ドウって事もないと考えている」のであればーーー、過去形も現在形も含めて、夫の浮気も結局「ドウって事も無い」筈だと、吟味いたしました。詰まりは「浮気なんて、罪深い事でも何でもないんだ」と何やらホッと救われる思いがするのは、男なら筆者一人だけではありますまい。
なお、誤解の無いように言って置きたいが、筆者は配偶者を愛しております。「愛してる」のと「浮気」と、両方が矛盾無く成り立つのは、矢張り何と言っても男が高等動物だからではないでしょうか? そこが、ホレ、火星人なんかとはまるで違うのだ。
完
比呂よし




