摩周湖
「実はね私、自分の教室を持ちたいーーーと思ってるのよ。これ、ジムへは内緒だけど」と、酷く重大な秘密を洩らした。ジムの経営者が知ったら、ライバルメーカーの突然の出現だから、腰を抜かすだろう。
「なるほど、独立営業かい、目標があるんだね。道理でイキイキしている筈だよ、生々しい位なもんだ」と、こっちは懐柔策のハラである。
「アハハーーー」と、懐柔された。
「で、どんな教室をやりたいの?」と、そっと声を落としたのは秘密を共有する男女間の機微ってもんだ。
「ヒーリング(=癒し)っていうんだけれど、普通のジムとは哲学が違うわ」と普段から好んで使う言葉らしく、それを使って高級ぶった。
「ヘエ、凄いんだな!」と先ず感嘆のエールを送り、この段階になって初めて「ねえ、友達になろうよ。メアドを教えて呉れる?」となり、冒頭の話になった次第。ここまでが、女の口説き方第一章の完結である。
こうして二十歳代に見える五十の女と、配偶者の次くらいに親密な関係になった。とは言ったが、予め念を入れて置きたいが、手を握った事もなく北海道の摩周湖の湖水みたいに清いお付き合いなのは自信がもてる。




