離れられないか
9.離れられないか
僅かな隙を掴まえて私が電話の度に言うのは、「死ぬまでにお金を贅沢に全部使い切って仕舞いましょうよ」である。それが勝ち気な「やっちゃん」に相応しい、と思うからだ。
(多分そんな事態にはなるまいと思うが)もし使い切って無一文になれば、「大丈夫、ヒロシが何とかしますから」と口には出さないが、毎回心でそう思う。
勝気で気が強く人から誤解を受けやすいし、電話も一方的にガチャリと切るけれども、本当の泰子さんは「他人へ思いやりが深く、優しい人」なのを私はよく知っている。
十年前にもなろうか、私の母が夫に先立たれ須磨の家(神戸)でたった一人寂しがっていた。良いとは言えなかった夫婦仲だったが、寂しがりようは普通以上だった。けれども私には一緒に住めない事情があった。この時泰子さんが(故郷の岡山で)一緒に住もうよと、母へ何度も電話をくれていたのを私は知っている。母の意志でそれは実現しなかったけれども。
「よく気の付く人で、(私より)頭が良い」のも確か。高齢にも拘わらずいささかもぼけておらず、おしゃべりを通じてそれが分かる。現在家の内でも外でも、通っている近所のスポーツジム内でも、岡山にも、合せて複数以上存在する私の「好きな女性達」は、皆おしゃべりだ。一番の人は、私に0.1%しかしゃべらせて呉れない泰子さん。この歳になって私が案外寂しく感じないのは、彼女達のお陰だろう。
お二人に少しでも長生きをして欲しいと思うが、夫君が将来亡くなったら必ず言おう思っている:
「やっちゃん、神戸の僕のそばにおいでなさい。ずっとおしゃべりが出来るよ」
私の配偶者が難しい病気なので同居は出来ないが、自宅から歩いて十分の処に、一人には充分広い空いたルームマンションの一室を持っている。何が役に立つか分からないが、隣みたいな近所である。
けれども、娘と夫の墓がある岡山を泰子さんは離れられないかもしれないなーーー。
完
2019.6.7




