火星の女
4.火星の女
若い人から私くらいの歳の人を見れば、「アノ世へは既に手を回して渡りを付けている筈だ。親戚みたいなものだから、死ぬのも簡単だろう」と思うに違いない。若い頃会社に居る年寄りの先輩を、「もう死ぬ間際だな」と私も期待して眺めたし、自分が今の歳になって猶更そう思う。だが、先の通り「私とだけは止めて!」となるから、女が絡むとなかなか思うに任せない。
定年退職後も生活の為に仕事をしている。危害を加えはしないが、この会社は人をこき使う。老人は追い回して使ったほうが、運動になって反って本人の健康の為、と位に考えている。そんな経営者の何処か横柄な態度が妙に恨みに残るが、毎晩十時の就寝時ともなれば疲労困憊、ヘトヘトである。
今日は日和も良く丸一日よく働いた。私は職場で与えられた以上の仕事を率先してやる質だから、十数分もやった超過勤務のサービス残業が、昨日・今日と二日も続いたのである。このせいか、会社から家に帰り着いたら疲れて立っておれなくなり、とうとうベッドへ倒れ込んでしまった。生きるのさえ息も絶え絶えで、特に恋もしていないのに心臓がドキドキしている。
こんな状態は明らかに死に近づいている証拠で、見る人が見れば殆ど「死んでいる状態」と言っていい。死の前ぶれを感じさせる寒い風が部屋を吹き抜けている気がする。世で「千の風」というやつに違いない。声がかすれているから、救急車を呼ぶのはもう無理だ。
今夜こそは一旦寝付いたら、間違い無く二度と目が覚める事はあるまい、という確信的な気分になった。
思えば、長いとも思え短くもあった人生で、私は真面目過ぎた。結婚で、適当な女で手を打ったのは、女の誘惑的なホルモンとこっちがたまたま発情期だったのせいだ。
死ぬまでにはバイラバイラを踊る情熱的な女達が溢れているという、南米の国々へも行ってみたかったなあ。序での事に、世界の果てにあると聞く理想郷シャングリラに隣接する「美女の国」でもいい。出来たら、掛け値なしに味が良いと聞く火星人の女も、試したかったーーー。




