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六十過ぎの仕事

5.六十過ぎの仕事


 この実験を暫く続けて判った副作用がある。 ただ聴いていて、時々「エライコッチャ!」の合いの手を入れるだけなのに、女の機嫌が以前より格段に良くなって、家庭内に「平和が訪れ易い」のに気付いたのである。余程の事が無ければ、女がもう暴力をふるうことはなくなった。暴れるのは私がつい間違って口答えしり批評したりした場合だけである。


 平和問題というと、男には中近東とかその辺りという狭い範囲しか念頭に無い。が、本当はもっと応用範囲が広くて、家庭内でも適用出来るのである。

 おしゃべりを聴くだけで、冬であっても春先みたいに身の回りがポカポカとなるし、食料の配給事情も好転した気がする。日曜日の朝など、入れてくれるコーヒーに、砂糖が従来の一つだったのが二つ付くようになったし、蜜柑の皮も剥いてくれようになった。驚くなかれ、アーンをすれば口に入れてくれる事さえあるから、明らかに「聴く」ことのプラス効果である。


 私を取り巻く世界が一変し、倦怠期以来の画期的な出来事なので、これを私は「新大陸発見メイフラワー号」と呼んでいる。「聴く」という努力と忍耐に対して、多大な報酬を得たわけだ。


 良い夫婦関係には、愛情の火を絶やさない為に薪をくべよとか、相手への思いやり云々とか色々難しい事が言われる。が、抽象的で白々しいと思わないか。具体的に花をプレゼントするとしたらお金も掛る。けれども、金持ちでも貧乏人でも、手間いらずで今夜から直ぐに実行できる方法がある。夫が妻の話を、お仕舞いの「ピリオドまで耳を傾けて聴く」、ただそれだけ。


 一見とても易しく見える。(とくに男の読者へ)「貴方には、やれるかい? 本当に」


 私の観る処、これを「ちゃんとやれる」夫(男)は殆ど居ない。悲しむべきことで、百組の夫婦の中で一人いるかいないかだろう。男の忍耐に尽きる。けれども、この忍耐は何を犠牲にしても優先して実行するだけの充分な値打ちがある。このチャレンジこそ相手にぴったり「寄り添う愛情」の大切な表現でもあるのに、お気づきだろうか。


 仲の良い夫婦は一番の幸せ者と言われるが、アーンをすれば口に入れてもらえる幸せを得たければ、実行して見給え! 男だろ、男なら男からアプローチするのが生物界の習いで、夫婦になったからといって雄雌間のルールが変わる訳ではない。


 おしゃべりを聴く為に「ながら族」を廃業した結果、「ながら」を平行してやれなくなった分、人生で多くの時間が失われ、寿命が短縮した気がしないでもない。が、良く考えてみれば、短縮したとて、なに、私の人生など寿命に代えて緊急にやらなければならない程の大事のあろう筈は無い。それよりか、六十を過ぎると、一日一日夫婦である事の方が、もっと大事な仕事である気がしている。


 「ねえ、あなたーーー、おしゃべりをしながらご飯を食べるのは、楽しみなものね」

 これに決して反論してはならないし、何故「楽しみな」のか方程式で解を求めてはならない。この短歌風な会話の値打ちが何処にあるか分かるだろうか。含蓄のある女の言葉は、しばしば詩であり深遠ですらある。幸福な結婚とは、婚約から死ぬときまで、全然退屈しない会話のようなものだ:シェクスピア。


2019.3.28改訂

2023.3.18改訂

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