特ヘレカツではない
けれどもーーー、と私は立ち止まって考える:
大きな副作用があるからと言って現在やっている「自律・一任経営」を中止しようとは、考えていない。物事にパーフェクトは無く、作用があれば副作用もある。到底許せない副作用の問題が発生したら、解決の為に安易に(がんじがらめの)管理監督者を置く代わりに、再発し難い工夫(=ルール)の策定を試みようとした。そういう風にして、今までやってきた。こうして今後も変わるまい。
結果さえ出せば、どこで何をしていようが、さぼっていようが、基本的に私は社員の細かい点は気にしない事にしている。要点をまとめると「ウチの文化」は:「組織に管理者を置かない・自由にさせる・一切を任せる・1000問以上から成る社内教育制度」となる。経営者個人から言えば:やるとすればブランコを時々ちょいと突っつく位なものだから、一見無責任風に見えるが、「殆ど何もしない文化」と言える。
さて、この文化だがーーー、鳥になった積りで高所から眺めてみた。他社にそっくり真似ができるだろうか?と考えたのである。一般に使える普遍性があるかどうか。先のC・ルーファのトマト会社のケースでは誰も真似しなかったらしいがーーー。
考えてみると、三菱重工や日立製作所にウチの真似が出来るとは、思えない。副作用が大きすぎて、収拾が付かなくなる。それならと、あちこちの中小会社に話を置き変えても、出来るとは思えない。副作用を恐れない太っ腹な社長が居る気がしないからでもあるし、(責任を一任させられるだけの)会社の財務体質も影響すると思うから。少しでも赤字を怖がっていては出来ない。
となればーーー、ウチの「文化」は簡単に他社に真似の出来ないユニークな存在なのかも知れない、と思うに到った。モーニングスター社の本に巡り合わなかったら、また「子持ち昆布」からの冒頭の「奇妙な質問」が発せられなければ、私はそんな事を過去三十数年考えて見た事は無かった。自分のやる事は(誰でもそうだろうが)、余りに「当たり前な事」として「ユニーク」な産物だなんて疑いもしなかったからだ。
結果は、駅前で定期的に買う特ヘレカツではなかった。名経営者と呼ばれる処がもし私にあるとすれば、「名」に相当するのはこの(経営者が殆ど何もしない)「会社文化」のユニークさにあるのかもしれない。




