ベルレーヌ
この日を境に、やや遠回りになるけれども、私は通学路を変えた。何故変えたか自分でも良く判りません。多分、ネアンデルタール人に対する敗北感だったと思う。さらって行くわけにもゆかず、アノ悪党から美しい奥さんを救い出す手立てを、どう頑張っても思いつかなかったからです。
あのまま通学路を変えなければ良かったーーー、と勇気の無かった自分を後になって随分後悔した。
一年が経って高ニとなり、この時期に合わせたかのようにその家は、突然潮見台町から引っ越して行きました。暫くして、黒い噂が立った:
「警察が来たから、旦那さんが仕事で何かまずいことをやったらしいーーー。元モデルさんだったそうよ、あの奥さん。あんな若い美人の奥さんーーー、旦那さんには不釣り合いと思っていたわ。 金で釣ってたのね。金に目が眩んだ女も、女よ」
以来、大きな家は長いこと空き家のままになっていました。再び夏になり、主の居ない家の玄関近くにあるグミの木が、赤い実を沢山付けた。学校からの帰り、私は背伸びをして塀の外から手を伸ばし幾つかを乱暴につかみ採った。
熟してふっくらした赤い実は、手触りがまるで人肌みたいに肉感的で、それがホットパンツの「長い脚」を思い起こさせた。口に含むとぬるりとした感触の中に、背徳の甘さがあった。
過ぎし日の思い出や
君、過ぎし日に何をかなせし
語れや君、そも若き折
何をかなせしーーー
(ベルレーヌ)
あれから半世紀以上、私はたまたま偶然に植木屋で見つけて、五十センチくらいのグミの木を買って庭の片隅に植えました。配偶者は「何故グミの木なのか」を知りません。人がどの木を好きになるのか、理由なんて無いと考えている風です。
完
比呂よし
次へづづく




