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何か呑み込んだ

 それには応えず「今私が何をしているか見せようか」と誘って、そのまま開発室に案内した。秘密と言う程ものでもないから、新製品の開発現場を見せてやり、こっちは腰の痛いのを押して、実際にM36のボルトを締め付ける肉体労働を実演して見せた。


 新製品のテンションナットの仕組みを(多分、私のクセで活き活きした口調だったろうか)語って聞かせた。思いのほか驚いて、ついでに見直したように感心した。驚いたり感心したりしたのは、決して開発技術の優秀さに対してではない。証拠にこう呟いた:「まるで、二十代の青年みたいだーーー」 しみじみとした口調である。


 私の歳から50年以上もサバを読んだから、大袈裟過ぎると思った。「そんなに驚きたいのなら、私の女友達「四十三バツイチ子持ちコンブ」も、ついでに紹介してやれば良かったな」と、後で思った。何せ美人なんだからーーー。そうすれば、十代まで遡ってくれたかもしれない:「話しながらスグ赤くなるのは、まるで中学生みたいだーーー」


 外に人が居らずお茶も出さなかったが、一時間半ばかりも長居してから、その人は名残りを惜しむように、ウチの会社を振り返り振り返りして帰って行った。先の哲学者のような上手な言い方を私はしなかったが、彼は「何かを独り呑み込んだ」風に見えた。やがて六十になれば真似て彼も二十代になるつもりなのかも知れない。


 歳が行けば頚椎や腰の痛みや息切れもするし疲れやすく、好きな登山も出来ない。出来ない事は確かに増えるが、出来る事も「結構多い」。先の私が開発した新製品テンションナットにしても、全くの画期的な発明ではない。「ボルトを締める」という長年の仕事を通じて蓄積した過去の知識の「延長線」でしかない。


 私が目下新たにやっている開発実験も・英語を人に教えるのも・エッセイを作るのも・自宅で晩御飯を作るのも・ジムに通うのも・中三のクラス会の幹事を引き受けているのもーーー、どれも面倒でないものはない。


 けれども、ジム以外はどれも「仕事」で誰かの役に立っているのは確か。「仕事を持つ事・働く事」が人の「幸せの遺伝子」と判れば(=もう分かった筈だが)、外の人もそうすれば良いのにと思う。富士電機の人へそう伝えたかった。


 因みに私の(会社での)仕事は年中無休:土日も無いし・盆暮れも・五月の連休も、正月の元旦も休まない。配偶者が難しい病気で、私一人で遊びに行っても面白くないせいもあるが、そんな「仕事ばかりの暮らし」が(大好き・愛する・ワクワク、とまでは行かないとしても)少なくとも苦痛ではない。

 まあ、それ位やってれば、何か発明の一つや二つ位はするわなーーー。


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