◎第五十七話: 「定年退職」の話
◎第五十七話: 「定年退職」の話
前置き
「幸せか・幸せでないか」、私は人を二種類に簡単に見分けられるようになった:
・「目下、肉をたべている」
・「恋の最中か」
・さもなくば目下「仕事をしているか」
のいずれかであれば、その人は「幸せな人」であろう。三つ同時に当てはまるならAクラスの幸せ、一つでも該当するなら程よいBクラスの幸せ。いずれにも該当しなければ、(幸せでないかもしれないから)用心した方が良さそうだ。
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1.定年退職の話
私が歳を取るように、ウチの社員達も歳を取る。何時の間にか(私一人を除いて)彼らの平均年齢が、五十近くになっている。私の場合は、社内で生きている最古の動物となり、四捨五入すれば軽く百を超えるのではあるまいか。未だ計算をしたことはないがーーー心配だ。
設立以来三十数年、社員達はともかく私は清く正しく良く働いた。長い歳月様々な問題に遭遇し、経営者ならばこその甘い誘惑も多かった。例えば、面接試験で下心を隠して入念に選抜した美人の女事務員を過去の累計で複数名以上入れたのに、一度たりとも不倫問題を起こさなかった。女好きの筈だのにと不思議に思う向きがあるかも知れないが、相手にされなかったという考え方も成り立つ。
散髪代を経費で落とさず、チャンスは多かったのに会社の金の使い込みもやらず税金もちょろまかさず、羽振りの色合いが悪いのはそのせいだが、まるで聖人君子の名経営ぶりであった。始終経理を担当して来た配偶者の締め付けが、余程厳しかったとしか思えない。




