マラソン
12.マラソン
実はそれが証拠に、この文章を書いている時点で、つまりほぼ過去一年の間に(一旦引き受けてくれていたのに)三軒の鉄工所(=横浜・東大阪・神戸の)から、相次いで離縁状を突き付けられた:
「社長さん、今回限りでウチではもうようやりまへん。次回分からは堪忍しとくなはれ」
無理もない。ウチがなかなか立ち上がらない(=儲からない試作品ばかりで、大量発注しない)ものだから、痺れを切らして逃げ出したのだ。こんな時、約束を楯にごねても仕方が無い。誰だって慈善事業ではないし、きらめくような注文が欲しいのだ。
しかし摩訶不思議な事はあるもので:どこも嫌うそんな手間仕事を最終的に引き受けてくれる処が現れた。そこいらの鉄工所ではなく、上場している大手企業M社の九州工場なのである。驚くじゃない!?
M社は傘下に沢山な技術力のある下請けを抱えている。「そこで安く作ってやるから」と言う訳だから、太っ腹なもんだ。製造費用も(今のところ)こっちの言い値(=指値)が通っている。大手が協力的なのは何か魂胆がある違いないが、なに「蛇の道は蛇」、こっちも魂胆を活用する事にした。
まあそんな訳で、あれやこれや少しだけ寸法や仕上げを変えた別物を作らせるたびに、累計の数が重なり十カ月間作り続けて、ついには試作品を100ケ以上も作った。人件費を別にして製作コストは三百五十万円を軽々と超えた。もし私と設計担当のA君の人件費を加味すれば五百万は下るまいーーー。しかも、まだ未完成と来る。
ああ無情!とはこれで、単純なM36のちっぽけな構造の部品だのに研究開発には莫大なお金が掛かる。立場になってみないと分からないもので、脳も大分使ったから牛一頭分を食べ尽くした。
そんな夫の密かな気苦労の一方で、警察犬みたいに嗅覚の利く配偶者がこの状況を見逃す筈はない: 肩を揉みながら、「理論を信じない」女へ金の工面を頼み込んだら、目がにっこりしてくれたのはいいが、口では恐ろしい事を言い放って夫を窮地に陥れた:
「その代わり、成功するまでの期間、お小遣いを半額に減らします。肉代も掛かる事だしーーー」
IPS細胞の山中教授にならって私もNHKの番組に出演したり、マラソンをやって寄付金を募るしかないかーーー。しかし、最後まで完走出来るかな?




