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◎第六話:「細くなったねえ」の話

第六話:「細くなったねえ」の話


1.割りばし


 ニ月初め母がまもなく死ぬ、と田舎町T市で同居している妹が電話で知らせて来た。

 列車を乗り継ぎ、T市まで六時間掛かった。


 鍵の掛かっていない玄関を抜け、そっと八帖の居間に入ると片隅にベッドがあり、妹は不在だった。大体の到着時間を私は事前に伝えていたけれども、近所へ買い物に出ているらしい。薄緑のカバーを付けた掛け布団の膨らみが、如何にも小さく感じた。三ケ月ほど前に転んで腰を傷めて以来、寝たきりであると私は聞いていた。


 ベッドに近づくと、母が薄目を開けて見上げた。予期せぬ顔をいきなり目の前に発見して、びっくりした風だった。もう三年半になるかーーー、長く逢わなかった年月の割に目を合わせた二人の感動は穏やかである。私の突然の出現は、いよいよ死ぬのだと母へ重い自覚を促した事になるから、体の弱った人にそれが残酷でないとは言えない。

 けれども先の無いのが双方に判っていながら励ますのは、肉親ならばこそ、白々しい。だから私は黙っていた。


 こんなにまで痩せこけないと、人は死ねないものかと思った。僅かなお粥しか摂らず水も殆ど飲まないと、昨日電話口で妹が嘆いていた。生きる原理をもはや諦め、忍び寄る餓死を待っているように見える。自分の命が尽きようとしている現実を、人はどのように自覚しているものなのか? 皮膚が張り付いたように見える母の顔に表情は無く、目がじっとこっちを見つめた。不思議に瞬きをしなかった。


 目が何かを訴え掛けているように見えた。苦しいのか寂しいのか、迫る死を怖いと感じているのか分からない。それともあれこれ思い煩う気力は失せ、ただ風景のようにボンヤリ私の顔を眺めているだけか。母の目を見返して、死んで行くのは貴方であって私ではない、一緒に付いて行って上げられないと目で応えた。そう応える以外に無かった。


 母が突然布団の中から片手を差し出した時、私は驚いてどう対処して良いか判らなかった。私に触りたいのか。干乾びて茶色に見える皮膚は、油が抜けたようで手の骨に食い込んでいる。以前報道写真で見た、飢餓で割り箸のように手足が細くなったアフリカの幼児を思い出した。骨ばった手を壊わさないように両手で包みながら、「細くなったねえーーー」と私は母に言った。

 手を握ることの他には心を通わせる術もない。手を通じて母の孤独を知った。



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