タスマニアの肉
5.タスマニアの肉
恥を忍んで、顧問をしてくれている神戸大学の教授に相談した処、(本人は大学時代の不勉強を決して白状しなかったが)粗暴なあしらいはせず、相談者を幸せにしようとした:
「その解析は私の専門の有限要素法でも難しい。XXXさん、実験しかありません。まず摩擦係数を測定するのが大事でしょう。焼入れは浸炭処理法(=表面だけ特別に超硬くして、内部は柔らかいままの二重ボタモチ構造の焼入れ方法:高価な費用が掛かる)はどうでしょうか?」
質問に対して質問形で応えたから、かえって疑念が深まった
「角度と摩擦と硬さ」は男女の三角関係以上に複雑怪奇で、解決に思い悩んだ。仕様が少しづつ違うものを次々追加して試作し、実験を繰り返し、同数の失敗を味わった。
ついには振り出しに戻り、「緩まない原理」自体に疑問を持った。自分は(初めっから)見当違いな処で格闘しているのじゃないか: 山へ登ろうとしながら、深海鮫の生態を探っている。いやそれどころか、全ては錯覚で出来もしない不可能な錬金術に凝っていると疑った。自分の能力を疑ったのは、生涯で初めてである。
流石に困った。私の老眼と白内障の問題は既に二年前に手術で改善されている。残るは知能の改善である。サントリー社製サプリのキャッチコピーも私を苦しめた:「人の名前が出て来ないのは、ある栄養素の不足が原因かもしれません」
ああ、何てことだ。充分に成長し人生もあらかた済んだと最近安心していたのに、人間の成熟のためには足りない栄養素が未だあるというのだーーー。
そういえば、昨夜覚えた英単語を今夜には忘れているし、時々偏頭痛もする。最近疲れやすく、彼女から迫られても三回に二回は逃げている。脳と下半身の栄養状態に疑いを向けた結果、食の多様性を求める必要があると考え、ベジタリアン生活に反旗を翻す事にした。
解決策はただ一つ: 肉80grを毎朝食べる事にした。赤身の多いオーストラリア産タスマニア地区である。




