持って帰るか?
3.持って帰るか?
私は中学生になり、叔父さんは嫁を貰いウチから居なくなり、何時しか全ては忘却の彼方に薄れて行った。
時代が移り、私は大学を出て大阪の会社に勤務するようになった。須磨駅から国鉄に乗り、大阪駅でバスに乗り換えて1時間半も掛かったが、住み慣れた家からキツネ坂を歩いて駅まで出て通勤した。朝晩の行き帰りに満員電車に揺られて、それだけでも大変で、帰りのキツネ坂を歩くのはきつかった。
夏の盛りが間近い、暗くなりかけた夕暮れ。会社からの帰りの途中で、私は須磨駅前の大して人通りの無い商店街を歩いていた。文具を買うためである。けれども文具店が見当たらず、何気なく目先の路地を折れ曲がった時、間口の狭い果物屋がひっそりとあった。
店の脇にガラス戸で囲んだ小さな棚が置いてあって、中に四角い形の分厚い氷が敷き詰めてあり、上にスイカの大小の赤い切り身が並んでいた。目にした瞬間、小さな記憶の断片が私の中でいきなり風船が膨らむように大きくなった:「ああ、これだったんだ!」 十何年か振りに、叔父さんを思い出した。
時代が変わって駅前商店街の様子も様変わりしているから、無論昔の叔父さんの頃とは違う店の筈だ。が、「この店に違いない!」と心の中で叫んでいた。前から見知っていた人に再会したかのように懐かしく感じて、思わずそこへ佇んだ。 様子を見て、店の中から太った中年の女がそばへ寄って来た:「冷えたのを一つ持って帰るか?」
けれども、結局私はスイカを買わなかった。切り身どころか玉でさえ買える程に財布は豊かであったが、気が進まなかった。「必ずスイカを買おう」と、小学生の時分に誓った自分の気持ちを忘れてはいない。それを昨日の事のように思い出したけれども、店先のスイカを眺めながら、帰れば直ぐ夕飯だからという自制が働いた。経済的にもゆとりが出来、スイカも珍しくない時代になっていた。
暗いキツネ坂で人に見られないとはいえ、食べ散らしながら歩くのは如何にも行儀が悪い。人に見られるかどうかと言うより、自身に対する道徳であった。スイカなんか何時でも買えるじゃないかという買わない為の理由も見つけて、子供の頃の「誓い」に対して言い訳した。
つづく




