大人になりたい
2.大人になりたい
珍しくスイカの一玉が家族のおやつという日には、それは大抵日曜日であったが、朝から風呂桶で冷やした。入浴も週に一度の日曜日だったから、風呂桶に水を張るのと兼用である。
それは長男の私の役目で、朝から蛇口の水をちょろちょろと少しづつ出して、四角い木造りの風呂桶に貯めながら、スイカを浮かべた。正確に言うと、ちょろちょろと水音を立てるのは未だ不慣れな部類で、蛇口からスッーと糸を引くように音も無く細く垂れ流すのがコツ。けれども流れが細すぎては、知らぬ間に水が停止してしまうから、蛇口の按配は案外難しい。
風呂桶一杯に貯めるのに半日以上掛けたから、水を細めるのは相当な苦心で、長男だからこそ出来るわざ。そんなやり方をすると、品質の悪かった当時の水道メータは簡単に騙されて、針を回わすのを忘れる。こうして水道局の上前をはねる秘法を、子供達は生活の知恵として母親から仕込まれていた。
楽しみにした三時のおやつの時間が来ると、蛇口の調整に苦心して冷やしたスイカを、母親が子供たちへ切り分けた。どの切り身が一番大きいか瞬時に見分けるのは、私の得意。
当時冷蔵庫は無く水道水で冷やしただけだったが、赤い果肉は冷たかった。日盛りの暑い縁側で、すぐ目の前が板塀になっている幅ニ米程の庭に向かって口から種を飛ばしながら、私を含めた四人の子供たちは食らい付いた。甘かった。
そんな貴重なスイカを、毎晩会社の帰り道に無造作に食べられる身分の叔父さんを、まるで大富豪のように私は思った。密かに誓いを立てた:「大人になって会社員になったら、帰りの夜道に必ずスイカを買って、人に見付からないように、食べながら帰るんだ」と。
大人になるのを楽しみにした。




