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数学

8.数学

 脱線したが、本題へ戻る:

 学校から社会へ出てからは、何かと忙しくて特に結婚して夫婦ともなれば、夜になっておモチツキもせねばならず、本を抱え込んで勝手に一人で寝る訳には行かない。結婚生活は、人生の中で一番教育的な要素をもった学びの場であるという格言がある。根が愚かな私は学びの多さの余り、案外読書の時間が取れなかったのだ。

 歳が入って、互いのいびきを理由に寝室を別にしたから、ようやく一人になれた。寝る前に読書が楽しめるようになったから、歳を取るのも悪くは無い。


 学生時代も含めて若いころに好きだったのは、小説とか推理物、或いは文学物といった処だった。所謂人が頭の中で作り出した、現実にはありもしない空想物語だ。それに続く年代には、先達の生き方を描いた自伝めいたものや実用書となった。経営者となって「ドラッカーの経営指南書」を読んだのも、この頃。本から何かを謙虚に学ぶ姿勢があった。


 けれども中年以後壮年にかけては、随想( エッセイ)類が増えてきた。六十を過ぎる頃には、ノンフィクション・ドキュメンタリーや史実物や、自然科学を素人向けにかみ砕いたものが好きになっている。因みに今読んでいるのは、「漢字三昧」(阿辻哲次)と「オウム貝の謎」(P.ウオード)。最近やっと読み終えたのは、百五十年前に書かれた「アマゾン河の博物学者」(H.ベイツ)である。


 小説→ビジネス書→随想→自然科学と嗜好の変節を並べてみると、だんだん人間から遠のいて行くみたいだ。若いころに読んだもの(例えば漱石など)を、歳が入ってから再読してみて、別の観点から理解して再度感動するという話を時々聞く。私にそういう事は余りなく、再読したいという気持ちが起きない。


 今よりもっと歳をとったら人間臭が減り、究極は日々の生活の営みとは無関係な書物と言えば、数学になってしまうのだろうか? 冗談ではなく、今でも私は本当に数学の勉強をしてみたいと思っている。


 試験勉強ではないのだから、時間がたっぷり与えられて問題を解いてゆくのは、楽しかろうという気がする。情実の混じらない数学の世界を通して自然の不思議な理屈を知り、宇宙を知り、花の美しさの秘密を知ることが出来るかも知れない。微分積分が好きだし、終わり無き世を示唆してくれるみたいな8を横向けにした無限大の字も好きだ。

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