カラスと猫
++++ベテランの販売課長でも、上のようなことに正しく気付く人は少ない。多くの会社が生まれ、多くの会社が潰れる。が、大概、潰れた本当の理由を、経営者本人が必ずしも分かっている訳ではない、と私は思っている。
4.カラスと猫
新製品の15万円はユーザーから見れは「ベラボウな値段!」と映るのに、私から見ると「たこ焼きみたいに安過ぎるじゃないか!」となる。会社の経営で悩ましい処が、ここ。
危険を避ける為に、こんな社訓までウチにはある:
「安物(=不良品という意味ではなく、値付けが低いという意味)に決して手を出すな!」 私が創ったルールだ。
折角開発した新商品でありながら、テンションナットを「ウチで売ってはいけない」という随分勝手の違う話になった。
特許を保有したまま、何処か(安物を売るのが得意な)他社へ販売の権利を譲渡する事にしようと考えて、大手N社へアプローチした。メーカーではないが全国に販売網を有し、最近急速に頭角を現している。それくらいな処と提携しないと、はばが利かぬと思ったからだ。
けれども、一週間が過ぎてもN社から返事が来ない。催促すると、あにはからんや寄越した返事が、「(価格が)高すぎてウチでは、よう扱いません、ヘエ」と、屁みたいな返事。「そんなもん、売れるかいなーーー、どアホ!」と体よく断られたようなものである。運は自分で切り開くものと考えて名門N社の門を叩いたのに、計算違いだった:
「そうか、製品が画期的過ぎて、軽率な奴らには値打ちが分からないんだ。猫に小判とはこれだなーーー」と思う事にした。
猫を避けて、次は小判の好きな犬か鹿を探そうと考えている内に、月日の経つのは早い。半月程して、どこからどう話を伝え聴いたか、先月の末に、会社へ紳士二人の来訪を得た。中年の英国人が二名、地球の裏側から突然やって来て、聞きほれる位上手に英語をしゃべった。
世界的なメーカーL社からの人である。ここはネジが緩まないためのツールや部品を製造販売している会社で、業界内では知らぬ者がない超大手。他社の買収を重ねて、手軽に大きくなった。
サンプルを使って新製品の機能を実演し、くどくどと私が自ら説明を重ねた処、案に相違して先のN社とは違った反応振りで、彼らは腰を抜かした:
「こんなんーーー、私ら今までに見た事ない。カア!」と、カラスみたいに鳴いて感動した。単純な製品だから、山のカラスでも原理をたやすく理解出来る。
「この話を、ウチ以外に何処か他社へ話した事があるのかーーー?」
そう言って、相手が血走った眼でにらんだから、先にN社へ話を持って行って断られた不名誉を、ひた隠しにした:
「うんニャ、未だ何処へも話を持って行った事はない。紹介するのは実は汝らお二人が生まれて初めてのケースなんだ。よくぞ来たニャア!」と猫撫で声を出した。
「そりゃ、上出来、実に良かった。今後新たに何処へもこの話を持って行くな」とクギを刺した。
こうして、カラスと猫が握手する手筈になった。世の中の物事は、大概何でも成り行きである。
「それでも何せウチは小さな会社ですから、特許があるとは言え、何時までも世間を騙して内緒にしておくわけには行きませんーーー」と、それとなく急( せ)かすと:
「夏休み中なので半月ほど待ってくれないか、ウチのCEO(=どえらい社長)に相談して、貴社へ魅力的な提案が出来ると思うからーーー」
機を見るに敏な私の事だ、後は任しといてーーー!
「思わぬ上手い話になりそう」と内心で睨んだから、手抜かりがあってはならない。早速その日夕食に二人を招待し、グラム当たり百円の上等の神戸ビーフを100gr食わせたら、「こんなん、食べた事ない!」と感動した。
それで舞い上がった処を、たまたま翌日は土曜日で休日だったから、ホテルから車で一時間の世界遺産の姫路城へ半日案内し、始終口まめに話しかけた。七月下旬のカンカン照りの酷暑の最中、城中で危うくこっちが先に熱中症になりかけたものの、重なる接待振りが効いて、商談は八割かた成功したも同じーーー、と私は信じている。彼らの帰国後、その内に良い返事が来るだろう。
新製品は視力検査みたいなもので、ギャンブルの要素がある。幸せな事に、姫路城から戻った夜は良く眠れて、空から札束が紙吹雪になって降って来る夢を見た。急いで拾って財布に入れようとしたら、目が覚めた。正夢に違いない。
札束と今後の展開を楽しみにしているが、私の人生は何時も楽観的である。
完
比呂よし
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