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迷惑するユーザー

2.迷惑するユーザー


 テンションナットが出現する遥か前の時代の話で、今でも覚えている事がある。或る時、営業マンの募集広告に応じてやってきた応募者へ、手のひらに載せた鉄製の製品(=超小型の油圧レンチ:ネジを締める機械)を見せて、尋ねた:


「これはウチの製品です。採用になれば貴方に売って貰うのですが、因みに幾ら位だと思いますか?」

「さあーーー、(そのサイズですから)まあ二万円くらいでしょうかなーーー?」

「もう一声!」と、私は励ました。

 不吉な予感を感じながら、応募者が思い切った風に応えた:「三倍の六万円!」

「二百万円ですーーー」と、私。


 絶句した応募者は二の句が継げず、こっちの顔をまじまじと眺めるばかり。「時々社会問題を起こす邪悪な詐欺会社の社長とは、大体こんな風な顔をしているんだな」と内心で思ったに違いない。それが、こっちにありありと分かる。私も気の毒になり、助け舟を出す:


「形は小さいけれど、バカにしちゃいけない。これで六人力の力を出してネジをしめます。六人分だから一人当たりの給料が三十万とすれば、百八十万円見当になります。そう思ったら、二百万円の価格もベラボウじゃないでしょ?」

「ーーーー」 


「そういう風に言って、あの手この手でユーザーへ売ってくれませんか?」

「つまりーーーその、ユーザーを騙すのでしょうか?」

「さっき言ったろう? 六人力だとーーー」

「はあーーー。が、一体ソレを信じるでしょうか?」

「信じ込ませるのが、営業マンの仕事でしょうが!?」

「ーーーー」

 男とは案外脆いものだと分かる。かくして、息の根を止められた応募者は面接試験で簡単に不合格となる。


 この難関の面接試験をくぐり抜けた者だけが、社員になれる。なれた結果として、ウチの営業マン達は例外無く気が強くて、どんな価格にもビクともせず、「高い!」と感じない精神的欠陥を有する。

 さてーーー、それに比べたら先の一個15万円の新製品テンションナットと来たら、タダみたいに安いと言う訳になる。こんな金銭感覚の麻痺した札付きの営業マンに訪問されて、迷惑するのはユーザーの方である。



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