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人格を変える

4.人格を変える


 私の両親の晩年は仲が悪かった。母は父を毛嫌いして、「外出先から帰ってくる(夫の)足音が聞こえると、身震いする」と、私へ話すだけでも嫌そうに言っていた。けれどもーーー、実際に夫が先に死んで独りになった時、母の「寂しがりよう」は激しかった。父の生きている間は、同じ家の空気を呼吸するさえ嫌ったほどだから、涙ぐむ母を見て怪訝に感じたものだ。

(仲は悪くても)家の中に人の気配があるだけで、孤独感は薄らぐのだと分かる。当時母の気持ちを理解し難いと思ったが、今になると良く分かる気がする。


 何時か新聞報道でも、こんな事件があった:独り者の年寄りのお婆さんが、二十代の若いセールスマンに騙されて、百万円以上の寝具を買わされた事件があった。一種のオレオレ詐欺みたいなもの。世間は善良な年寄りを騙した不埒な会社として、セールスマンの不良ぶりと会社とを非難した。確かに死刑に処すべきだ。

 けれども一方で、騙されたお婆さんが言った言葉には胸を突かれるものがあった:「彼以外に話し掛けてくれる人が誰も居なかったーーー」


 束の間でも寂しさと引き換えなら、百万円の寝具など安いものと思ったのだ。この事件は老人の孤独感を突いている。必ずしもお婆さんを愚かだとは思わない。私の母の場合や先の上野千鶴子の父親も含めて、孤独感の大きさが人格をも壊してしまうほどだと分かる。

 社会正義の積りで事件を報道した記者は、現役バリバリの仕事に追いまくられた超多忙な若い人に違いない。が、老人の孤独感をどれほど分かっていたろうかと思う。悪徳セールスマンを非難するだけなら、誰にでも出来る。


 尋ねた事はないが、私と同年配の人が、私と同じように特有の寂しさや孤独感を感じているか、又その程度はどうかを知らない。「オレは寂しいんだよ」とそう思っていても、長い人生を生きてきた自負とプライドがある。いい歳こいてというメンツもあって弱音を見せたくないから、老人は口に出さない。本人にとって深刻な問題だのに、他人に最も触れて欲しくないと思うのだ。若い人に言った処で、到底理解はされない。仮に年寄同士がそう慰め合った処で根本の解決にはならないのが、本人に分かっているからでもある。


 年寄りの問題として年金や介護という目に見える部分ばかりへ目が行き勝ちだが、「老人性の孤独感と寂しさ」に気付く人は少ない。後者こそが、実は「人間ゆえの最も人間らしい」苦しみだという気がする。無論、個々の人の性格や周囲の事情に拠って、孤独感の度合は大きく異なるだろう。が、老人がソレを口にせず黙っているからと言って、ソレが存在しないのではない。


 やるべき仕事を失い・配偶者を失い・先輩を失い・友達や知人を失いーーーと減るばかりの人生を、寂しく感じない方がむしろ不自然だろう。





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