バクテリア
5.バクテリア
最近こんな本を読んだ:「土と内臓」(微生物が作る世界)」(D.モンゴメリー:築地書館 2700円)。これに拠ると、植木に美しく花を咲かせようと思えば、合成化学肥料よりも堆肥のような有機肥料が大事だそうだ。ここで重要な働きをするのが、地中のバクテリア。
植物も糖類など浸出液を根から出してバクテリアをおびき寄せて養う一方、バクテリアもお返しに、有機肥料から窒素化合物や有用な栄養を作り出して植物に与えている。バクテリアの存在無しに、健康な樹木は育たないのだそうである。
人間も同じ仕組みで、大腸には各種の細菌叢があり百兆個近いバクテリアが棲んでおり、人の健康維持の為に有用な働きをしている。大腸の機能は、(これまで信じられていた)排泄するまでのカスや汚物を一時的に貯蔵するゴミ箱ではなくて、栄養豊かに活性化された畑なのだ。
そこで活躍するバクテリアが、肥満・糖尿病など慢性病のコントロール、さらにはビタミン類の製造から自閉症の改善に到るまで、人の健康維持の為に不可欠な機能を果たしているのが、近年分かって来た。人とバクテリアの共生関係が解明されつつある。
綺麗な花を咲かせる植木と、根元を支える地中のバクテリアと同じで、女と私の間には持ちつ持たれつの共生関係が生まれた。互いに相手を必要とした。私から「積極的に見られる」という「栄養と励まし」を貰って、女は色ツヤを増加させた。証拠に、先の大学生の青尻と私の外に、彼女を眺める男性の数が以前より明らかに増えたからである。
女は気付かなかったが、何時の間にか共生関係の主導権は次第にバクテリア側へ移っていた。私に見られていないと女は踊るのに張り合いを無くし、精彩を失ってしまう。栄養の補給源を失って、花がツヤを無くすようなものである。悪くすると、しぼんでしまう。初めの内こそ、こっちを目線で下に見ていた筈だのに、気が付くと女の中で私は重要な存在感を占めるようになったーーー。
そんな共生関係が半年続いた。ある夜、離れた場所で機械バイクを漕ぎながら私は汗を流していた。ダンスを眺めるばかりしているとクセになるし、他の人からヘンに思われてもいけないから、そうならない為には適当に本来の体操をやらなくちゃならないのだ。十回の腕立て伏せと、三回の腹筋運動も含まれる。
丁度そんな時である。エアロビ教室の五分間の休憩時間を利用してトイレへ行く積りなのか、教室から女が外へ出てきた。姿を遠くから眺めていたら、そのまま突然私の傍へ寄って来た。他の人に気付かれないようにそっと、リボンのついたチョコレートをバクテリアへ与えた。
「ああ、今日はバレンタインデーだったんだな」と、私はこの時初めて気が付いた。




