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最悪とまでは行かない

4.最悪とまでは行かない


 女からのメッセージを以心伝心ではなく、第三者に分かり易く言葉で語らせてみよう:


・「私はこんなに美しい女よ。だから多くの男が私を眺める。貴方がそんな私へ振り向くのは当然ね。でもね、貴方って、そのお歳なら私とバランスしないわ。気の毒だけれど、諦めなさい。でも、踊るのを見たけりゃ見せて上げる。ホラ御覧なさい、こんなにスラリと美しいでしょ。そこらの女とは違うんだからね、ちゃんと見てよ!」


・「あら、今夜も私を見てるのね。飽きないタイプなのは、感心よ。腕を大きく振り回して、腰だって強調して前へ出して上げるわ。ほら、目を伏せないで、しっかり見てよ!」


・「あらあら、又今夜も見てるのね。熱心なのは外の男とは違うわねえ。改めて眺めると、貴方もそう悪い男じゃない。顔だって、最悪とまでは行かないわ。これは、人の顔は三回見たら見慣れるという事かしらねーーー」


 そんなシグナルを女は送っていた。いや、少なくとも私には「そう見えた」のである。


 私だって黙っちゃいられない。女の期待に応えるべく、暗黙のメッセージを返した: それまで女へチラチラ遠慮がちに投げていた視線を、「じっと眺める」ように切り替えた。そうしても教室内には沢山の生徒がいるから、私の「凝視」が特定の人へ向けられているのを他の人が感づく心配は無い。それに、カムフラージュの為に時々あらぬ方向へ視線を振り向けるテクも混ぜたから、余計バレはしない。


 それでも、女一人だけは自分に固定化された「凝視」に気づいていた。証拠に、踊りに力がみなぎり、切れのある動きで一層美しく躍動したからだ。決して照れたり恥ずかしがらず、堂々と私へ「お返し」をした。「美しい!」と私は心から思った。


 言葉こそ無かったが、身体の仕草と視線の動きと顔に浮かべる表情で、口でやる何倍もの会話を二人で楽しんだ:

「また、私を見ているのね」

「うん、とても綺麗だ。今夜はハートマークがデザインされた衣服だね。地の色が茶なのもなかなか洒落てるよ」

「この服、私も気に入っているのよ。爪のマニキュアも見てくれてる?」

「目に遠いけれど、白く光っているよ。君は少し笑ってるみたいだね」

「見られると、嬉しくなるのかしらね、ウフフ」



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