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ガードマン

19. ガードマン


 男を解雇して時を置かず、私は新たな触れ書きを社内へ出した:「社内恋愛はご法度、法度に触れたら両成敗」

 社内にすがすがしい明治維新の空気が流れ込み、古い空気と入れ替わった。「味のよい人妻」を試食する機会も無くなったから、私の主成分である固体は柔らかくなるチャンスを失い、配偶者はおおいに安堵した。

     *

 事件から14年が過ぎたーーー。この間、日本はバブル経済の破綻後に「失われた10年」の時代に突入した。銀行が潰れ多くの老舗が行き詰まり、ダイエーを初め幾つかの大企業も倒産し、最悪の不況に見舞われた。時代は激変したが、ウチは地方の不振な営業所を閉鎖するなどコスト削減を図り、重苦しい時代を切り抜けた。


 この時代に、大手を含めて利益を出し続けた会社は日本広しと言えども数は少なかったから、「岩岡村(=会社の所在地)の奇跡」と顧問の税理士に褒められた。因みに、ウチが製品の販売以外に新たに「レンタル事業」を開発したのは、この不況が切っ掛けなのである。そして今や、業界でNo.1となっている。


 男が以前に在籍していたA販売店はバブル期に倒産し夜逃げ同然に空中分解した。社長と「キン蹴り名人」の美人の奥さんは離婚する事態に至り、会社の存在は何時か世間から忘れられようとしていた。

その意味では、男がA販売店を見限ってウチへ乗り換えたのは、確かに「先見の明」だった事になる。が、男はそのチャンスを生かし切れなかったーーー。それが男の器であったろうか。


      *   


 数年前の日曜日の事だったが、買い物があって私は大型のスーパーマーケットS店に車で立ち寄った。 込み合った店内で偶然、作業服姿の男とすれ違った。向こうはこっちに気付かなかったようで、やり過ごした私は少し距離を置いて棚の陰からじっと目をやった。

 買い物用のコマの付いた複数のカートを所定の場所へもくもくと片付けていた。ガードマンとして、ひっそりとKはそこへ棲んでいた。確か未だ六十少し前の筈だ。


 被った野球帽から、散髪の不十分な白い髪が跳ねるようにはみ出ていた。何人かの買い物客が、ガードマンを眺めて無関心に通り過ぎていた。抱き締めたい程、かって私は男の才能を愛していた。豊かになれた筈の男の輝かしい未来と出世を、私は確かに昔信じていた。恐らく、本人もそう信じていたに違いない。


 考え方に柔軟性のあった彼は、年末の店内を行き交う多数の人々から、カートを片付ける自分の姿が見られるのを、苦にするようなタイプではない。それでも、この世で最も会いたくない人間がいるとすれば、それは私に違いない。レジに居並ぶ長い人の列を眺めて、私は何も買わずに店を出た。


 それから更に四年が過ぎ、男が死んだのを風の便りに聞いた。先の新潟の部長は大分前に亡くなっている。女の消息は知らない。私と配偶者の二人を除いて、会社で男を知る人はもう居ない。柏木勝彦といったーーー。





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