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女事務員

2.女事務員


 発狂の程度が穏やかなケースから紹介すると、例えば、私の秘書を兼ねている腰のくびれた美人の女事務員も例外ではない。ミニ社長である:S製品(=鋼製の精密機械部品:3~18kg)の販売を任されている。電話受け・価格見積・製品梱包(20kg以下を限度とするけれども)・発送・請求書作成まで、一人でやりこなす。時々サービスで私の肩を揉んで呉れるのは、その合間合間となる。


 部品には防錆油がたっぷりまぶされてあり、油汚れするから仕事にエプロンが必需品。毎月の在庫管理や半年に一度の棚卸作業や、発送する梱包作業はスポーツジムでエアロビクスをやるより、もっと良い運動になる。体がすらりと美形なのは、仕事のお陰と思う。

 が、本人の取り方はやや違って「この会社に入ってから痩せた!」と暗に過重労働みたいに恨みがましく言うから、どこかにズレがある。それでも、事務机へ一日張りついて欠伸をしている他社の事務員よりは、余程健康的な筈だ。


 女心は難しいもので、「痩せさせた」会社に対する仕返しの積りか、この女はなかなかのやり手である。昨日も客からの問い合わせに、電話で大きな声で製品の使い方を説明していた。何故か、これが男性客には人気が高いみたいだ:

「お客さん、S製品はデリケートなセイキ(彼女は精密機器の事を、精機と略して言う癖があるから、中には性器を間違える客もあろう)ですから、丁寧に扱って下さいね」と、ここまでなら良い。が、続けて:


「セイキの左側の“ピンと立った” 突起は“オス”ネジになっています(=オネジといわない所に色気がある)。ネジの緩み防止にシールテープを使うのダメですよ、何せネジは“オス”ですからね。 そこへは “アナ” のあいた “メス” のメタルワシャーを “ソウニュウ” すべきです。堅いときは“前後にユラシテ”、きつく“押し込んで”下さい。それで大抵上手く“イキ”ます」


 「イク」方法を指南するから、聞きようによっては如何にもいかがわしい。私一人の気の回し過ぎか? けれども、こんなやり取りをそばで聴くのを密かに愉しみにしているのは、社内で私一人ではあるまい。きっと電話の向こうの男性客も興奮して頭がボウとなり、間違って不必要なものまで彼女から余分に買ってしまうに違いない。


 別の日には、こんなやり取りも耳にした:

「お客さん、S製品を押し込む為に5Kgのハンマーで叩いているんですって!? 野蛮ですわね(=油断すると、客は直ぐ三万年前の未開人にされてしまう)。 それって食後ですか?(=ガラッと話題が急変するのが、この女の特徴) ランチの前なら、ハンマーで叩き出せる力は精々2000Nm程度ですよ。 だって、お腹が空いてますもんね!(=仕事は腹の空き具合でやるものと、彼女は考えている)」


 三十八歳になる「二児の子持ち」の彼女はたくましい。オネジであろうと「オス」ネジであろうと、細部に頓着はしない。客を丸め込む凄腕は、上司である社長と並んで社内の双璧。 それにしても、このような「末恐ろしい」事務員はどのようにして作り上げられたのかーーー? 今回は、このわくわくする進化の秘密に迫る。




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