サル・カニ合戦
3.サル・カニ合戦
顧客: お中元を有難う。えらい気い遣わせて悪いのおうーー、今後はそないに気い遣わんといてやーー。
営業マン: 日頃お世話になってます、ほんのささやかな感謝の気持ちです。
そうなって、お中元を送ると営業マンは顧客にいい顔が出来る。下心ありと判っていても、そこは相手も人間である。営業マンにとって、将来の仕事にプラスにはなってもマイナスにはなるまい。そう思考するのが普通の感覚。となると、二名以外の他の営業マン達がリストを提出しないのは不自然となる。例えれば、道端に千円札が一枚落ちていても拾わないというのと似ているから、矢張り何かおかしい。
これより遡ること十年前、やっぱり会社はお中元を実施していた。米のメシを食うのと同じで、今も昔も営業マンの仕事というのは廃れず同じ事をやっている。お中元のリスト提出も同じ要領であった。
よく覚えているが、その当時全国の営業マン達はリストを皆「競い合って」寄せて来たものである。 送り先は一人五件 (景気の悪い年には三件)以内と制限を付けていたにも拘わらず六~七件を勝手に申請してきて、本社の係とバトルをやった:
「いや、ここへはどうしても送ってくれ。抜かす訳には行かない」と、営業マン。
「我儘言うな、今回はもう予算が底をついたからダメだーーー」と、係。
希望が多過ぎて、係は調整に難儀をしたのである。
昔のサル・カニ合戦みたいなお中元予算の奪い合いとの落差を疑問形にして係に問うと、「時代の流れなのでしょう」と受け流した。成程、確かに時代の流れに違いないーーー。
それじゃ、時代はどのように流れたのだろう? それなら、どうしてM君とN君の二人は昔と変っていないのか? 変わった方が(時代の流れに乗って)正しいのか、それとも変わらない方が正しいのか? 暫く私は考え込んだ。配偶者がヒントを呉れた:
「あの二人は顧客を大切にしているのよ。 二人の担当地区は日本のチベットみたいなもので、元々顧客の絶対数が少ないからよ、太古の昔から」




