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新潟の部長

18. 新潟の部長


 異常な「男好き」という性癖さえ別にすれば、女は器量よしで、普段は愛想も良い。電話の応対も上手で仕事にも積極的だったから、取引先の間でも評判が良く、その意味では確かに魅力的な女ではあった。


 ある日、取引先A社の部長がわざわざ遠隔地の新潟から神戸のウチの会社へ訪れた。 新潟からの所要時間に比べたら、怪しむ程仕事をアッサリと片付けた。 仕事が済んで部長はおもむろに座り直し、私の目を見て思い切ったように口を切った:「ウチの息子の嫁に、彼女をーーー」。


 部長は資産家であったし息子は立派な大学を出ていたから、願っても無い玉の輿の申し入れではあった。普段の女の仕事振りと魅力からすれば、これは突拍子も無い申し入れではない。しかし、世の中と女は単純には行かないものだ。A社はウチの大事な取引先でもあるし、私を信頼しきっている人にウソをつく訳にはゆかない。


 男同士として私は六十過ぎの部長の目をじっと見返して、短く応えた:

「それだけは、止した方がいいーーー」

「誰か他に彼氏がいるとは、(女から)聞いてはなかった筈なんだがなーーー?」と、部長は食い下がった。不審な顔つきは、もっともである。

 どうやら日頃から、女は部長と電話口で仕事の合間に、そんなお喋りをしていたようだ。


 部長は仕事の為という口実を設けて、恐らく本当は息子の嫁という目的で来たのだろう。新潟から神戸までの多大な交通費と時間を考えて、期待を裏切られた親としての彼の心情を思うと、心から気の毒に思った。人の恋路を邪魔したくはなかったが、止む無く私は、女の目が青白く光る様子と、安珍・清姫の「娘道成寺」のさわりの部分をかいつまんで話してやり、それは地獄へ通じる「蛇の道」だ、と教えた。


 世にも怪奇な話を聞かされた部長は、毒へびに噛まれて麻痺したみたいな顔で、声が出なかった。余程ショックだった。やっと口が利けるようになってから、「蛇の道・蛇の道ーー」とぶつぶつ口で繰り返しながら、帰って行った。新潟までの長時間の電車の中で、さぞ落胆に浸った事だろう。


 私は、女を解雇した。会社が毒へびの棲家になるのを心配したからだ。けれども、不公平と言われるかも知れないが、売上No.1の男を私はよう解雇しなかった。但し読み切れなかったのは、女の執念の凄さである。


 解雇された後でも、女は嫉妬と恋に身を焦した。男への未練を断ち切れず、会社の門を閉ざしていても、外から会社へ電話を掛けて来た。蛇に化けた女は大きな川なぞ簡単に泳ぎ渡る。道成寺の清姫の亡霊のように、青白い目を光らせて、男の退社時間を待ち伏せするようになった。外に隠れる場所とて無く男には逃れるすべがなかった、会社を辞める以外にーーー。


 幾ら私がGE社ジャック・ウエルチを信奉していても、ついに庇い切れず、男を解雇せざるを得ない事態に追い込まれた。男を会議室に呼び入れて、私はグチった:

「君は会社の基礎を築いた一番の功労者だったじゃないかーーー。 現にこの今の自社ビルを購入したのも、不動産屋を走り回って君の尽力だったよな。関東に拠点を早期に築けたのも単身赴任の君無しには出来なかった。給料も弾んでいたし、君の将来を私は約束していた筈だ。だのに、たかが女一人の事でーーー、一体何故なんだ!?」 


 疲れ切った様子の男は黙ったまま、目を反らして室の窓ガラスに映る自分の姿を暫く眺めていた。ようやく振り向いた時、薄く涙を浮かべながら、ただ苦い笑いを私へ返した。能力もあり将来を嘱望された人間が、人生を失った瞬間である。




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