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 私は大学を出て直ぐ大手T社に入り、会社員としてそこに八年居た。賞与の時期には出来るだけ沢山の額を欲しいと思ったし、組合が会社と団交する0.2ケ月分のささやかな上積みの攻防に、一喜一憂した。私は共産主義者ではなかったが、世の中は公平であるべきで、会社は儲けを(独り占めする事無く)可能な限り沢山を社員に分配すべきで、これ以上公明正大な考えは無いものと、信じ切っていた。金も欲しいと同時に私は正義漢なのだ。多分、読者の多くも同じに違いない。


 その後人生に紆余曲折があり、私は40を過ぎたある時期から、サラリーマンから突然経営者になった。起業したからだ。賞与を支給する側に回って、それ以前と立場が正反対になった訳だ。何せ素人経営者だから、賞与の時期が到来して、一体どうやって「どの程度」を社員へ支給すればよいか迷った。沢山支給し過ぎて会社が潰れても困る。団交する組合が無いからと言って、少額過ぎても社員の不満になる。


 私は正義の味方だし、自身の会社員時代の気持ちも裏切りたくなかった。心温かい経営者として、正しく冒頭の「社員を家族と思ってーー」の心境で、私は鬼でもなかったし血の無い計算機でもなかった。そう思っても不思議に、今のように背筋に悪寒が走る事は起きなかった。


 公明正大であろうとして、私情を挟まない為にも算数を使う事にした。会社が儲けた利益を三分割して、1/3を将来への貯金(=社内留保や配当)にした。 次の1/3を会社発展の新規投資(=新営業所開設など)、残り1/3を「分け前」として社員へ分配する事に決めたのである。会社が仮に1000万円の利益を稼ぎ出したならば、1/3に相当する333万円を賞与総額として、社員が5名ならば1/5づつ一人当たり平均で67万円を支給したのである。そんな規格の経営者を評価して、パチパチパチと社員達は賞賛した。


 その頃の私は社員でも経営者でもない、同じ釜の飯を食う仲間意識のあるリーダーだったと言える。部活で言うなら、クラブ部長。先の1/3支給方式は判り易いルールだし、最も合理的なものと考えた。だから、この方式はウチで以後何年か流行した。ここまでなら、世の中は思いやりに満ちて実に平和である。




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