人生の秋
17.人生の秋
それからは、引き始めのインフルエンザが悪化するみたいに、事態は急速に進展した。人目の届かない処で女は密かに男を優遇してやるようになり、人目の届く処では目で物を言った: 三時のおやつは、何時も男の机だけに他の社員のニ割増しの数のクッキーが、女によってさり気なく置かれた。干乾びた裂きイカの分配の時は、男の分だけ紅茶を吸わせてふやかしたから、かさが三割増しになった。
神戸から遠隔地の広島や名古屋へ男が宿泊出張を命じられた時は、女は大概同じ日に腹痛を起して会社を休むようになった。 腹痛の専門医は広島と名古屋に多いからで、二人で現地に集合して治療に当たったのは間違いない。
二割増しの数のクッキー・もの言う目・広島の専門医、という3つの変数を含む複雑な方程式を、理系の私は簡単に解いた。他の社員達が気付かないのに、何故私だけに解けたかってーーー? ホレ言うではないか、「蛇の道はヘビ!」。
男はもはや若くはなかった。造り貯めは出来ても一旦空になれば、勇気りんりん再度発射オーライに回復するには、中年の男の体は3日を要する。だのに、二十九の女の元気は何時でもたっぷりあったから、一日おきに愛を欲しがった。本当を言えば毎日でも構わない。色が似ているヨールグトを大食するぐらいでは、男の側の製造が間に合わない。
男が拒むと、女の目が険しい光を帯びた。 一日おきに出来ないのは他に別の女が居るからではないか、と女は勝手に邪推して嫉妬したのである。初めの内こそ目に隈を作りながらも、四十半ば過ぎの男は良く頑張って応えていた。が、週末の金曜日の夜と土・日の2日半は、一日おきではなく、連日残業付きでロケットの発射と来たから、流石にこたえた。
それでも数ヶ月間頑張ったのは、男の努力を褒めてやらなければならない。しかしある日曜日の夜、女から体を離してベッドから立ち上がり掛けて、男は一瞬目まいを感じてよろけ、床に腰を抜かした。初めて人生の秋を知り、序での事に自分の命の危険も知った。
男は女から逃げ回るようになり、これが火に油を注いだ。外に存在する筈もない別の女に対して、女の目は嫉妬で青白く底光りし、これが男をギクリとさせた。冗談を投げても、以前のようにケタケタ大笑いをせず、代わりに目だけで冷ややかに笑うようになった女の様子を見て、男は寒気を覚えた。




