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鞭打ちの刑

3.鞭打ちの刑


 先の美人事務員の外に、社員ら20組程の夫婦の関係を私は眺める立場にある。仲が良いせいか、そわそわと早く帰宅したがる若い社員も居るし、妻がありながら外の女と「週末婚ごっこ」をやっている優雅な中年社員も居り、一旦離婚して再び元通りにくっついた「懐かしのメロデイ」型も居る。


 元カノが新婚家庭に乗り込んで来て、洋食用のナイフとフォークを畳に突き立て、「ワチキの男を返せ。でないと、おまえを食っちまうぞ!」と新妻が凄まれた、という物騒な男子社員も居る。元カノと結婚の約束まで交わしていたのに、もっと好い女が現れ、男が了解なしに乗り換えたからだ。こんな場合の「人食い人種」の扱いは警察では民事不介入だから、仕方なく私が一緒になって新妻の為に防衛策を考えてやった事がある。キワモノの週刊誌みたいで、ウチの会社は世間の縮図である。


 世間一般の夫婦では今の時代でも主人が男を指し、妻が夫に合わせて従うのが普通だろう。所謂、主従の関係。収入面、即ち「経済力」の格差が為にこうなる。

 ところがどっこい、「ウチの夫婦」はそうならない。二人の間に上下関係が無く、設立以来会社内でもベッドの上でも上に成ったり下に成ったりで、平等である。共同経営者として会社をやっているからで、収入面については数パーセントの違いも無い。この「経済力互角制」は男女共学制以上に「女を変える」。


 女は会社の株主でもあり、株主総会で議決権も握っている。何時でも社長(=私)の解任が可能な立場にあって、その気になれば会社を乗っ取るのも、全財産を持ち逃げするのも割りに簡単。 ちょっとでも夫婦関係のバランスが乱れたり、私のベッドテクが劣化すると、先のミサイル女どころのリスクでは済まない。


 元々亭主関白ではなかったが、私がサラリーマン時代の頃は、「このお洋服買って良いかしらーー」と女はおずおずとお伺いを立てたものだ。けれども、こんな「しおらしい日本語」が我が家の辞書から消えて久しい。

 従来とは打って変わり、昨今では経済力を背景に女の言動は、「ねえ、この洋服買ったのよ、良く似合うでしょう」と既成事実へと変化し、知らぬ間に女の車も新車になっていて、「試しにちょっと横に乗せて上げるわ。汚さないでね」と私を助手席に座らせる。


 女の運転は自信に満ちて思い切って乱暴だから、毎回首が鞭打ちになりそうになる。私は助手席で叫ぶ:「実に、素敵な車だ!(運転さえしなければーー)」 真っ赤なカブトムシ(フォルクスワーゲン)の中で私が鞭打ちの刑に逢うのは、経済力互角制の副作用の一つである。



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