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◎第四十三話: 空気のような話

◎第四十三話: 空気のような話


1.遅すぎる


 「母さんと父さん(の関係)は、友達みたいなもの?」と母親に訊ねた事がある。 小学校の高学年か中学生の頃だったか。 その時母親は「友達ではない」と答えたのを、今も覚えている。 覚えているのは、母親の言葉に強い断定の調子があって、議論の余地を許さないと言う風だったからだ。


 人が付き合う上で、「友達か友達でないか」の二通りしかないと信じていた時代なので、私は母親の断定振りに戸惑った。 付き合い方に、三番目の種類があるなんて想像が出来なかったからだ。 向こうから歩いてくる人を見て、あれは誰かと訊ねた時に、「アレは地球人ではない」と断定されたとしたら、誰だって戸惑うだろう。


 妙な顔をした私に母親は、「大きくなったら判る」と教えた。 そう言われて、それ以上追及しなかった自分の気持ちも、私は一緒に覚えている。何か秘密めいた匂いを嗅ぎ、立ち入ってはいけない世界がある気がしたからだ: きっと子供を作る秘法と関係しているに違いないーーー。

 母親が昔言った通り、大きくなって結婚してみたら良く判った。 確かに 「夫婦の関係」は、友達のそれではなかった。


 親しいが、決して本音を言ってはいけない関係だと知った。本音を言って気まずくなっても、友達なら暫く会わなくて済むが、夫婦となればそうは行かない。朝晩顔を会わせて同じメシを食い、毎晩上になるか下になるかしてひしめき合って寝なければならない。事に及んで心拍数が高まって、男にすれば相手に汚れ物をぶち込む罪悪感があるし、成るほど確かに、大きくなって晩にならないと判らない筈だ。


 今晩のおかずは美味しいよと共感的に言っても、それを言う夫の本音は判らない。真実を告白すると、今夜のベッドを共にしてくれず数ヶ月間が日干しレンガになるだけならまだしも、相手は生涯これを根に持つ。 仕返しは目に見えず長期に渡ってこっそり実行されるから、毒までは盛られまいが、夫の寿命は確実に3年は縮む。


 妻側の本音だって判らない。「貴男の出世なんてちっとも望んでいないわ、愛さえあれば」としおらしい事を言ってくれても、出世しない夫は単純に喜んではならない。 そう言う一方で妻の方では、ご主人が部長をやっている隣の奥さんをひどく妬んで、隣家に火でも点けかねない勢いなのである。 そんな間接証拠で妻の真意を探る以外にないが、火をつけた後に真意が判っても遅すぎる。


つづく 明日の予定

2.ミサイル女


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