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証拠不十分 

15.証拠不十分 


 その場へ行って見なくても私にはピンと来るが、テニスコートの近所には、安くて小奇麗なラブホが、少なくとも一軒は存在した筈だ。


 1ケ月も経たない内に、テニスの練習中に男のとんでもないミスを眺めて、女が「大笑い」した。快感物質のホルモンが女の脳内に放出されたから、無防備なこの一瞬を男は逃さなかった:

「アハハーー、可笑しいかい? でも、そんなに笑わないでよ。ねえ、ここが済んだら、疲れ直しに後で寝ようよ!? 帰り道に綺麗なホテルを知ってるんだ。ベッドでドリブルの練習をしたって、誰にも分りっこ無いさ」

「アハハ、ウフフーーー、そうかもね」


 間もなく男は日曜日のテニスに、ラケットを持参しなくなった。男も女も両方がラケット無しに器用に打ったり返したりして、ベッドの上でドリブルの練習に励んだ。同じドリブルでも、テニスコートの上よりフカフカしたこっちの方が遥かに良かったから、二人とも直ぐに上達した。

 これが5ケ月も続いたろうか。けれども、野暮な神様のせいで不倫の愛は長くは続かない。


 薬品会社に勤務していたせいで、夫は嗅覚が鋭かった。切っ掛けは、ある日曜日。テニスに行くと称してラケットを自宅に置き忘れて行ったのに、取りに戻らなかった妻に不審を抱いた。親切な夫はラケットを届けにテニスコートへ行ったのであるが、彼女の姿が見えなかった。クラブハウス備え付けのゴミ箱の中まで捜したが、ついに発見出来ない。


 テニスコートから直ぐ目と鼻の先のラブホでは、真夏でもモチツキの行事が行われていたのを、夫は思い浮べなかったらしい。初動捜査のミスによる証拠不十分で、幸い女は有罪とまではならなかったらしい。


 けれども、男によって揉みほぐされて、数ヶ月間ばらばらになっていた筋肉と骨を、元通りの体に組み直すのに女はそれから三日ほど掛かった。会社に居辛くなり、「別れよう」と提案したのは女からであった。


 これは男に好都合な提案だったに違いない。もう高級ラケットの「元を取った」頃だし、中年女とのモチツキに飽きも来ていた。女は自分の方から会社を辞めたが、男は辞めなかった。GE元会長ジャック・ウェルチの言葉通りに、「抱き締めて・男を引き留めた」のは私であった。





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