金星人
2.金星人
長い年月が経ってしまっているから、大人は子供の頃の自分の「目線と発想」を忘れている。大人には慣れ過ぎて当たり前であっても、子供には社会のルールや習慣がパーフェクトに分かっている訳ではない。「生まれて初めて」の体験だから、見当さえつかない。
小一の頃、試しに目をつぶってみたら何も見えなくなった。だから「物は目で見るものなのだ」と、自ら初めて体験して理解した位のものだ。何でも確かめてみなくては判らない。確かめもせずに足し算したり引き算するのは間違いだ。
大人はそれで叱るが、先の「今年8歳の子供が、6年後に何歳になるのか?」は、子供にとって大変難しい問題だ。実際に当時は、まだ14歳になった経験が無かったから、どうやって実証するのだろう?
大人は「一年経てば歳が必ず一つ増える」と言うが、人によっては「一年に二つ歳の増える人が居ない」とは言い切れまい。そんな風に考える想像性豊かな子供には、年齢の算数は絶対に正解が得られない。
確か、金星人は一年に五つ歳を取るのだと、私は火星人からジカに聞いた事がある。とても気の利いた理論だと思うが、ウソだと思う向きは、火星人に確かめて見給え。
蜜柑の問題だって、一つ食べたら「蜜柑が一つ減る」という解釈の仕方もあるが、一体誰が決めたのだろうか? 子供には不思議でならない。残りの蜜柑を全部数えてみるまでは、誰にも正解は分かるまいーーー。増える事だってあり得る筈だ。
それが証拠に、幾らご飯を食べても、次の日になったら又新しいご飯がテーブルに出て来るではないか! ウチの家では、茶碗のご飯が無くなる現象は起きないのだーーー。従って、蜜柑の問題の正解は、家庭の事情によって異なる。
販売会社を経営している:
上司として今でも会社で似たような経験をする。営業成績が振るわずノルマを達成しない部下の販売指導をする時に、昔の母親のような目に遭う:
「どうして、一体君はよう売らないのだ!? こんな簡単な事がーーー、もうちっとでも売れる筈じゃないか!」と叱ると、相手が「きょとん」とする。足し算すべきか、引き算すべきか分からない、というのと同じ顔だ。
昔の小ニの自分と同じで、彼は「自分が悪い」とは一切思っていない。製品を買わない「客が悪い」のだし、売れない製品を作っている「会社が悪い」と考えている。もっと悪いのは、そんな事さえ分からない「社長の頭が一番悪い」。
こういうのを、「実は、お前が一番悪いのだ!」と本人に分からせるのは、非常に「難解な仕事」になる。こっちは指導している内にイライラして来るから、昔算数の宿題を前に、声を嗄らしていた母親の気持ちが良く分かる。算数もセールスも「人に分からせる」のは難しいものだとーーー、つくづく思うのである。
完
比呂よし




