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ウソつけ!

10.ウソつけ!


 何年か後に、いや生涯の年月を掛けて、ついに彼が立派なプール付の家を建てた。これを眺めて、人はこう感嘆するに違いない:

「よくまあやったね! 君の安月給で、長年の苦労はさぞやーーー」 当然そう言う。

 さて、ここが面白い処。成功を褒められても、本人は「きょとんとする」ばかりだろうという点です。私が(難しい)D製品ばかり売りまくったのを、同僚から咎められて「きょとんとした」のと同じ。私は「(Dを売るのに)何の苦労も努力も」やらなかったーーー。


 先の男はプールに対する「思い」が強かったから、(他人の目には大変な苦労と映った過去のプロセスに)苦労だったという自覚が無い: 自分は不動産の広告を眺めるのが(たまたま)「大好きだっただけ」だし・騒々しいパチンコは(何時の間にか)嫌いになっただけだし・タバコも健康に悪いと(思ったから)やめただけだーーー。

 結果としてチョイスが百回以上は重なったのだが。


 プールへの期待が大きかったから、彼にとって「節約」は内心嬉々としてやっていた楽しみで、生き甲斐でさえあった。だから、「苦労だったね」と言われると、面食らう:「自分は人から感心されえるような事は何もしなかった。ただ「プール付の家が欲しい」とずっと思ってはいたけれどねーーー」 そう思っていたら「何時の間にか」手に入ったんだ、と答えるに違いない。そして、これはウソではない。


 成し遂げた結果を眺めると確かに「凄い!」。だから本人も時に舞い上がって、例えば登山家なら(きょとんとする代わりに)「そりゃ、苦しかったさ。何度諦めようとしたか、ああ神様、それでも僕は頑張り通して山を征服したんだよ!」と自己陶酔して、一応はゼスチャーで自画自賛する人も居るだろうよ。


 けれども(私に言わせれば)「お前、ウソつけ!」となる。なに本当の処は、三十センチづつ一歩一歩無心に歩くネクラで単純な行動が、その登山家は大好きで「嬉々として」やっただけ。苦労など初めから無く、歩くプロセス全てを「ルンルン気分でやりやがって!」と、私なら言いたい。他人から褒められることなど、何一つ無い。山へ登ろうという「思い」が決められた瞬間、全ては苦労でない。


 この一歩一歩の歩みは、実はバカの一つ覚え(=「登る」という強い思い込み)。人にはそんな処があります。「この愚かさ」こそ、実は誰にでもある「人の心」。証拠に、サルも動物も山登りをやらないし、プールを作ろうと「強い思い」を持ちはしない。


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